農作物に害を及ぼす害虫への対策として、防虫網などの設置や農薬散布などの方法があげられます。そんな中、より低コストで、人体や環境への負荷が少なく、省力的な対策として、振動を活用した防除技術の開発が進められています。
振動を活用した害虫防除策について
久保田健嗣他『施設果菜類のコナジラミ類(カメムシ目:コナジラミ科)に対する音と振動によるコナジラミ類防除』(日本応用動物昆虫学会誌第63巻第3号 97–107、2019年)によると、昆虫の多くは振動を以下の行動に利用しています。
- 個体間のコミュニケーション(配偶行動や集団形成等)
- 天敵への忌避・警戒
振動によるコミュニケーション阻害
たとえば、カメムシ亜目ではフェロモンのほか、振動が個体間のコミュニケーションに利用されています。上記論文で紹介されている2018年の研究では、電動振動器を用いて植物体を振動させることで、振動コミュニケーションを行うカメムシ科のコミュニケーションを阻害し、以下の結果が観察されています。
- 交尾成功ペア数の低下
- 雄が雌を探索する行動の抑制
- 産卵数の減少
- 次世代幼虫数の減少
キジラミ科もまた、振動を交尾相手の探索に用います。アメリカ合衆国農務省を中心とする研究グループが2016年に行った研究によると、カンキツ類の苗木に振動発生器を取り付け、配偶行動の阻害を試みた結果、“1時間の交尾成功率は、対照区の56.7%と比較して、12.5%へと低下した”とあります。
日本では、農研機構が野菜や花き類に害を及ぼすタバココナジラミとワタアブラムシに対し、超音波を用いることで防除が可能になることを報告しています。
農研機構の成果報告によると、タバココナジラミとワタアブラムシの防除には超音波を集束させて、離れた位置から触覚刺激などを与える装置が用いられました。この装置は、直径2cmの範囲におよそ1.6g重の力(1円玉1.5枚分にかかる重力と同程度の弱い力)を発生させ、入出力を切り替えるスピードを制御することで振動を与えることもできます。
この装置を用いて、上記の“直径2cmの範囲におよそ1.6g重の力”にあたる「非接触力(物体同士が接触しなくても生じる力。重力や磁力などがよく知られている)」と、1~1,000Hzの間で7段階に設定された振動を与えることで、葉からタバココナジラミとワタアブラムシをどれだけ追い払うことができるか検証が行われました。
その結果、いずれの場合も葉からの離脱への効果を示し、特にタバココナジラミは、縦20cm、横20cm、奥行き20cmの範囲で非接触力と1〜480Hzの振動を1分間与えたところ、50〜60%の成虫を照射した葉から追い払うことができました。
またタバココナジラミにおいては、非接触力を1日あたり4時間与えたところ、産卵数が約54%減少したとも報告されています。
振動で天敵への忌避・警戒を引き出す
農研機構は、超音波によって農作物に害を及ぼすヤガ類を追い払う技術も開発しています。
蛾類による農業被害の大部分は、卵からふ化した幼虫による食害です。そのため、産卵場所を探すメスがほ場に飛来するのを防止することが、農業被害の防止につながります。
ヤガ類の天敵であるコウモリは餌を探す際、超音波を発します。超音波はエサとなる虫や障害物の位置を把握するために発せられるもので、コウモリはそれらの位置をエコー(反射音)で高精度に捉えます。
ヤガ類は翅の付け根に音を感じ取る鼓膜器官を持ち、天敵が発する超音波を聞いて、逃げ出したりじっとしたりといった行動を示します。
農研機構の成果報告によると、ヤガ類が嫌う超音波を広範囲に照射可能な装置をイチゴの栽培施設とネギの露地ほ場に設置したところ、ヤガ類の飛来数と産卵数の減少に成功した、とあります。
超音波を照射することで得られるメリットには、殺虫剤の散布回数を減らすこともあげられます。超音波を照射していない区に比べ、超音波を照射した区の殺虫剤の散布回数は89%も少なくなった、とあります。
この結果より期待されるのは農薬抵抗性害虫への対策です。有効成分が同一系統の農薬を連用したことで、害虫が抵抗性を発達させていることが世界的な問題となっています。超音波によって追い払う技術を活用することができれば、殺虫剤のみに依存せずに害虫対策を行うことができます。
農林水産省が策定した「みどりの食料システム戦略」の目標の一つに、2050年までに化学農薬使用量(リスク換算)を50%低減することがあげられます。今後、主要な害虫防除策として振動が普及していくかもしれませんね。
参考文献