環境保全の観点から、化学農薬以外の害虫防除策に注目が集まる中、選択肢の1つとしてあげられるのが微生物の力を利用した害虫防除策です。
本記事では主要な生物農薬として知られる微生物の力を解説するとともに、微生物と害虫に関する研究についてご紹介していきます。
微生物による害虫防除の例
鮎沢啓夫『微生物による害虫駆除―虫の病気の利用―』(ファルマシア、1968年)によると、虫の病気の原因となる微生物を害虫駆除に利用するアイデアは古くから(150年以上前から)打ち出されていたといいます。
上記論文でも取り上げられ、今日に至っても国内外で最も利用されている生物農薬BT剤の有効成分はBacillus thuringiensisという細菌です。この細菌は芽胞(※)を形成する際、芽胞のうに結晶性の毒素(主体はタンパク質)を作ります。
※芽胞とは、細菌の生育環境が悪化した際に形成される耐久細胞です。熱や薬剤に強く、数分間煮沸したりアルコールで消毒したりするだけでは死滅しません。
この毒素を昆虫が食べると、その消化液中で毒素が溶解し、それにより昆虫は急性中毒を起こして死に至ります。この毒素を構成するタンパク質は多様で、同じ菌であっても系統によってその構成が異なります。よって、BT剤は有効成分となる菌やタンパク質の構成によって、適用作物や対象害虫が異なります。たとえばある系統(アイザワイ系統やクルスターキ系統と呼ばれるもの)はチョウやガなどの鱗翅目昆虫に作用し、他の系統(ブイブイ系統と呼ばれるもの)はカミキリムシやコガネムシなどの甲虫目昆虫に作用します。
なお、この毒素は人や家畜には無害であることが過去の実験により示されています。
染谷信孝・諸星知広・吉田重信『Bacillus thuringiensis―微生物殺虫剤からポリバレント資材へ』(土と微生物(Soil Microorganisms) Vol. 76 No. 1 p.16–25、2022年)によると、BT剤および有効成分であるB. thuringiensisは殺虫剤としての効果のみならず、植物病害抑制効果や線虫害抑制効果も報告されています。
病害抑制や線虫害抑制への作用メカニズムについては諸説あるものの、菌が産生する物質が植物体の病害抵抗性の誘導因子である可能性や、菌が産生する抗菌物質等が直接的に作用し、病害体の阻害や線虫の抑制効果につながっている可能性があげられています。
また同論文によると、植物の生長促進作用も報告されています。以下に引用文を記載します(Bt菌はB. thuringiensisを指す)。
Bt菌と植物との相互作用については(中略)生育促進作用も報告されている。Bt菌の一部菌株は、植物ホルモン産生能、土壌中でのリン可溶化能で植物に生育促進作用を示すことや、植物への塩耐性付与または重金属ストレス軽減など、間接的に植物生育を促進している可能性が報告されている。
さまざまな面での活用が期待されるB. thuringiensisですが、毒素の作用メカニズムには未解明な部分ももちろんあります。たとえば同じ害虫であってもその齢期や食べている作物によってBT剤の効果に差が出るといわれています。
B. thuringiensisの生成する毒素は昆虫の消化管内で溶解し効果を発揮しますが、この効果に関して昆虫の消化管にいる微生物叢が関わっているともいわれています。食べている作物により微生物叢が異なることが原因で、BT剤の効果に差が生じている可能性が示唆されています。
また、B. thuringiensisはタンパク質が主体の結晶性毒素を形成しますが、その結晶性タンパク質に殺虫効果を示さない場合も多くあります。ただ、殺虫毒素にならなかった結晶性タンパク質の中には抗がん作用が認められたものもあり、農業分野を超えたB. thuringiensisの活用が期待されています。
昆虫に寄生する菌が病原菌を抑える!?その一方で……
摂南大学、農業・食品産業技術総合研究機構らの研究グループが、殺虫剤として活用されている微生物農薬「ボタニガードES」の有効成分である昆虫寄生菌「ボーベリア・バシアーナ」がうどんこ病に対して殺菌効果をもたらすことを発見しました。
ボーベリア・バシアーナは植物の表面や内部に定着し、うどんこ病に対する植物の免疫を誘導することが解明され、1剤で害虫と病気の同時防除が可能になると期待されています。
昆虫寄生菌が病原菌も抑えるメカニズムを解明 微生物農薬1剤で害虫と病気を防除 – 摂南大学
しかし、残念ながら上記と逆のパターンの研究成果も報告されています。ダイズの害虫として知られるホソヘリカメムシが消化管内に保持する共生細菌(Burkholderia属)の中には、有機リン系殺虫剤であるフェニトロチオンを分解するものがいくつか含まれることが分かりました。
菊池義智『共生細菌による害虫の農薬抵抗性獲得機構 ホソヘリカメムシは土壌中の農薬分解菌を獲得して抵抗性になる』(化学と生物 51 巻 8 号 p. 510-512、2013 年)によると、フェニトロチオンを分解するBurkholderia属の分解過程を調べた結果、フェニトロチオンが昆虫にとってほぼ無毒の成分に分解された後、複数のステップを経て炭素源として利用されることが明らかになりました。
これはすなわち、フェニトロチオンを分解するBurkholderia属はフェニトロチオンをエサとして増殖していることを示します。
ホソヘリカメムシは土壌中に存在するBurkholderia属を口から取り込み消化管内に共生させることが明らかになっています。実験結果より、農耕地で散布されたフェニトロチオンをエサに増殖したBurkholderia属をホソヘリカメムシが取り込み、共生させることで、ホソヘリカメムシの農薬抵抗性発達が促進される可能性を示唆する結果となりました。
昆虫の病気の原因となる微生物を利用して害虫防除を行うことができますが、上記研究結果より、昆虫の農薬抵抗性獲得にも微生物が関わってくることが分かりました。このことから、今後は、農作物に悪影響を及ぼす病原菌や害虫を軸に据えた防除策だけでなく、土壌微生物叢も考慮した防除法が求められることが考えられます。
参考文献