近年、持続可能な農業が求められる中で、環境に配慮した害虫防除技術が注目されています。その背景には、化学農薬の使用による環境負荷や薬剤抵抗性の問題が挙げられます。また、有機農業や減農薬栽培のニーズの高まりも新たな防除技術の必要性を強調しています。
新たな防除技術の一つとして、昆虫の行動を振動で制御する技術が国内外で研究されています。昆虫のコミュニケーションや行動の一部には化学物質や光、音、温度など、さまざまな刺激が関与しており、振動もその一つ。そしてこの特性を活用することで、化学農薬に頼らない防除法の実現が期待されています。
昆虫は振動をどう利用しているか
昆虫は光、音、匂い、振動などを用いて周囲の状況を把握し、仲間とのコミュニケーションを図ります。このうち、振動は19万5千種以上の昆虫が活用していると推定されています。
振動が昆虫における役割を大別すると、以下の3つが挙げられます。
異性や同性間のコミュニケーション
たとえば、イネの害虫であるウンカ類は振動を使って交尾相手を探します。雌が腹部を動かして振動を発すると、その振動が植物体に伝わり、雄がそれを検知して雌を探索します。
捕食者と被食者間のやり取り
寄生バチが被食者であるガの幼虫を探す際、幼虫の発する振動を頼りにします。一方、幼虫も寄生バチの動きを振動によって感知します。寄生バチは産卵するために産卵管である針を葉に突き刺しますが、幼虫はその振動を検知して、回避する行動をおこします。
親子や群れ内の行動
カメムシ類は振動によってふ化が促進されます。果樹の害虫であるクサギカメムシは、卵塊の中で最初の卵が割れる振動をトリガーに他の卵のふ化が促進されます。この仕組みによって、同じタイミングで幼虫のふ化が起こります。このことは、幼虫がふ化する前の卵を共食いする行動を防ぐことにつながります。
なお、昆虫は振動をどのように感知しているのでしょうか。
昆虫は「弦音器官」と呼ばれる感覚器を持ち、振動を高い感度で感知しています。昆虫は弦音器官を脚に内在しているものが多いです。たとえば、カメムシ類はヒトの腿に相当する腿節と、脛に相当する脛節に異なる弦音器官を持っており、それぞれで振動を検知する精度は異なりますが、チャバネアオカメムシの弦音器官の場合、500Hz以下の振動を検知できることが示されています。
振動を利用した害虫防除技術
振動を利用した害虫防除の初期の事例には、ブドウの害虫であるヨコバイの一種に対するものがあります。ヨコバイはブドウに感染する病気を媒介する害虫です。イタリアの研究者たちはヨコバイが葉を介した振動によって交尾相手を探すことに着目。ヨコバイの雄が雌を探す際に発する振動を妨害することで、繁殖を抑制できることを発見しました。これにより、圃場実験で未交尾のメスの割合が90%に達する成果を得ています。
果樹や豆類の害虫であるクサギカメムシも同様の繁殖行動を行います。そこで上記実験を行ったイタリアの研究チームは、雌が繁殖行動の際に返す振動を人工的に再生し、その人工的な応答振動が雄を誘引するトラップとして有効であることを示しました。
現在も研究が進んでいる振動を利用した害虫防除技術は、特に以下の作物や害虫で有効性が確認されています。
トマトとコナジラミ類
コナジラミ類は、トマトなどの作物に被害を与える害虫です。研究では、100Hzまたは300Hzの振動をトマトに断続的に与えることで、コナジラミの幼虫密度が40%〜50%減少したことが報告されています。
なお、振動によるトマトの受粉促進効果も同時に確認されており、収量の向上も期待されています。
シイタケとキノコバエ類
キノコバエ類はシイタケをはじめとする食用きのこの害虫です。研究では、シイタケの菌床に800Hzの振動を与えたところ、キノコバエ類の蛹や成虫の発生が遅れるだけでなく、発生した成虫の数も減少し、キノコバエ類の成長を阻害することが分かりました。
シイタケも、先述したトマト同様、振動により発生が促されることが示されています。どのような振動が発生に適しているのかは特定されていないものの、こちらの研究でも、振動が害虫の抑制と収量の向上につながるとして期待されています。
果樹とカメムシ類
チャバネアオカメムシは果樹の害虫として知られています。苗木や果樹に止まっているカメムシに対し、さまざまな周波数や振幅の振動を与えたところ、カメムシが動きを止めるなどの行動を示しました。振動によって、カメムシが木に止まる時間の短縮や、樹液を吸う行動を阻害するなどの効果が期待されています。
関連記事:農薬抵抗性害虫への期待大!?振動を活用した害虫防除策とは
振動「以外」の物理的防除の実例
本記事では主に振動を用いた物理的防除法を取り上げましたが、物理的防除で活用されるのは振動だけではありません。防除効果の持続性が高い技術には防虫ネットなどの被覆資材や害虫を窒息死させる気門封鎖剤などがあげられます。光や色を用いた技術の事例には、特定の波長を用いたLEDのトラップなどがあげられます。
物理的防除に期待されること
振動を利用した害虫防除技術、またその他の物理的防除法は、昆虫の特性を巧みに利用した新しいアプローチであり、環境負荷の軽減や農業の持続可能性向上に寄与する可能性を秘めています。今後、技術の進歩と普及により、さらに効果的で手軽な振動防除法が開発されることが期待されます。農業現場での実用化が進めば、より持続可能な農業生産の実現に貢献する、便利なツールとなるはずです。
参考文献:高梨琢磨、向井裕美、平栗健史『振動による昆虫の行動制御に基づく害虫防除技術』(電子情報通信学会論文誌 B Vol.J105-B No.10 pp.761-770、2022年)
参照サイト
- 振動を活用した害虫防除
- 【ニュースリリース】「農業×振動」:持続可能な振動農業技術に関する総説を発表 振動を用いた害虫防除と栽培技術の確立を目指して
- 九州大学ら、振動を利用した害虫防除技術の研究成果を発表 収量アップにも期待 | 農業とITの未来メディア「SMART AGRI(スマートアグリ)」
- 植物を揺らして害虫防除、農薬不要で収量アップも、市販化に向け実証実験中「振動農業技術」
(2024年11月20日閲覧)