農作物への病害虫による被害を防止する方法のひとつとして、農薬による防除があります。しかし、農薬使用により、病害虫が農薬に対して抵抗性をもつ可能性があげられます。
薬剤抵抗性の仕組み
農研機構が2019年3月に発表した「薬剤抵抗性農業害虫管理のためのガイドライン案」によると、病虫害防除のために用いられる農薬への抵抗性を獲得する仕組みには以下の4つがあげられます。
- 代謝
- 作用点変異
- 体表透過性
- 行動
そのうち、深刻な薬剤抵抗性の発達が認められる場合には、「代謝」か「作用点変異」、あるいはその両方が主な要因とされています。
代謝
代謝とは「生体内で起こる物質の合成や分解などの化学反応」を指します。
生物は、外界から物質とエネルギーを取り込み、必要な物質の合成と不要になった物質の分解を繰り返し、物質レベル、細胞レベルで常に体の中身を更新して命を維持している。生体内での物質の合成反応を同化、分解反応を異化という。生体内でのこれらの化学反応をまとめて代謝という。同化はエネルギーを吸収する反応で、異化はエネルギーを放出する反応である。
代謝に関わるのは主に「解毒酵素」と呼ばれる酵素群です。解毒酵素は元々、植物が持つ様々な防御物質などに対して発達したものですが、たまたま一部の酵素が農薬に対して分解する能力を持つことで、薬剤抵抗性の取得へとつながります。解毒酵素が発達した害虫は、農薬(殺虫剤)を体内で分解・無毒化し、体外に排出してしまいます。薬剤防除により、害虫が減っていく中で、農薬に対する解毒酵素が発達した害虫のみが生き残り、繁殖していくと、農薬が効かなくなる個体だけが増えていくことになります。
作用点変異
まず農薬が作用する仕組みについて解説します。
散布された農薬は害虫の体内に入ると、害虫が生きていく上で重要な役割を果たしている酵素などのタンパク質に結合し、その機能を阻害します。それにより、害虫は正常な生命活動ができなくなります。
農薬が結合するタンパク質の部位は決まっています。農薬とその部位はカギとカギ穴のような関係にありますが、このとき、DNAがたまたま変化してカギ穴の形が変わってしまうと(※)、農薬が結合できなくなる場合があります。これを「作用点変異」といいます。
※タンパク質(カギ穴の一部)を構成するアミノ酸が別のアミノ酸に置き換わることで変異が生じます。このような変化は必ずしもタンパク質本来の機能を損なわない場合も多いのですが、害虫のみならず、様々な生物の中にこの遺伝的な変異は数多く存在しています。
薬剤抵抗性をもたせないための取り組み
代謝や作用点変異などにより、薬剤抵抗性をもった害虫は、薬剤に抵抗する遺伝子をもつ個体が農薬散布の中で生き残り、その子孫の割合が増加することで、薬剤による死亡率が低くなります。
薬剤抵抗性をもたせないために有効とされているのは以下の2つです。
- 殺虫剤などの使用を減らすこと
- 同一系統薬剤の連続使用を避けること
殺虫剤などの使用を減らす
殺虫剤の使用を大幅に減らすことで「選択圧」を緩めることができます。
選択圧とは以下の意味を表します。
自然選択は、生物種に存在する突然変異(したがってその表現型)を選択して、一定の方向に進化させる現象をいう。この自然の力を選択圧とよぶ。
とはいえ、日本では農作物の見栄えの良さが品質に影響することもあり、多くの作物で出荷前の徹底的な防除がなされるといった点から、化学合成農薬の散布を著しく減少させるのは難しい面もあります。
同一系統薬剤の連続使用を避ける
もう1つの方法としてあげられるのは、作用が異なる複数の薬剤を順番に散布すること(ローテーション)です。農研機構の「薬剤抵抗性農業害虫管理のためのガイドライン案」に記載されている過去の実証実験結果より、複数剤同時施用の効果が一般的に高いことを示したことが記されています。
ただし、以下に記す難点から、ローテーションを行うにせよ、薬剤の慎重な施用が求められます。
同ガイドラインによると、害虫の薬剤抵抗性遺伝子のうち、「薬剤の作用点に生じる単一の突然変異」が原因の場合、劣性形質(※)である場合が多いことが記されています。
※劣性形質とは「遺伝で、一組の対立形質のうち遺伝子型がヘテロでは発現せず、ホモの場合にのみ発現する形質」を指します(出典:生物学用語辞典)。逆を表すものは「優性形質」です。なお、令和3年度からは教科書等の表記が「優性形質・劣性形質」から「顕性形質・潜性形質」へと変更されています。
劣性形質の薬剤抵抗性遺伝子をヘテロで持つ個体が、繁殖におけるリスクを負っていない場合、抵抗性遺伝子をもった個体が生き残ることで、害虫集団中に抵抗性遺伝子が長く潜在し続けることになります。となると、このような状態で薬剤抵抗性遺伝子に対応する薬剤を施用してしまうと、数世代のうちに抵抗性が発達することが予測されます。
農業従事者が心がけるべき取り組み
減農薬に取り組む際の注意
化学合成農薬の施用量を減らすことは、害虫に薬剤抵抗性をもたせないことに対してプラスに働きます。
ただし、薬剤の濃度を薄めて施用することは、先述したような「抵抗性を潜在的に持つ害虫」を温存することにつながり、害虫集団の抵抗性発達を早める可能性があるため、避けなければなりません。
化学合成農薬を施用する際は、散布回数を減らすことを心がけつつ、定められた濃度、用量は必ず守りましょう。
作物残渣の放置に注意
収穫後に圃場等に残った作物残渣には、栽培期間中に散布された農薬から生き残った抵抗性を持つ個体が残っている可能性があります。そのため、作物残渣は放置せず、土壌中にすき込むなどして残った害虫を生存できないようにする、または施設栽培の場合、収穫後に高温処理するなどして残った害虫を外に出さない、といった管理が重要です。
他の防除法の有効活用
化学合成農薬の散布だけが、害虫防除の方法ではありません。たとえば天敵農薬を使用することでの防除や施設栽培の場合、二酸化炭素や紫外線などといった物理的防除も効果的です。
薬剤防除を行うことで、いずれは病害虫の薬剤抵抗性が発生することを念頭に置きつつ、適切な時期に適切な量を施用することで害虫防除につとめていきたいですね。
参考文献