スマートグリーンハウスとは、農業生産や経営にまつわる各種データ(需要や植物の生育、収量や販売など)を活用した施設園芸のことを指します。スマートグリーンハウスの普及を推進する日本施設園芸協会は、スマートグリーンハウスを「データを科学的に利用する園芸施設」と定義しています。
前述した通り、データの利用目的は作物の栽培だけでなく作業や出荷などを含めた農業経営のあらゆる場面にあります。スマートグリーンハウスでは、センサーなどの計測機器を使用してデータを収集し、その結果を分析して因果関係を明確にすることが重要です。とはいえ、必ずしも多くのセンサーや機器が必要というわけではありません。センサーや機器が少数であっても、データを効果的に利用することがポイントになってきます。
スマートグリーンハウスの導入は、経験の少ない就農者にとって早く技術を習得することにつながりますし、経験豊富な生産者であれば、これまでの経験以上の収量や収益の向上が期待できます。
スマートグリーンハウスでできること
スマートグリーンハウスにおける特徴的な技術のひとつには、ハウス内の環境を自動で制御することがあげられます。温度、湿度、水やりなど、作物ごとに最適な栽培条件が定義され、作物の生育に適した環境へと自動的に調整されます。このシステムを活用することで、生産者は何度もハウスに出向く必要がなくなり、遠隔での管理も可能になります。
なお、農機等の製造・販売を行うヤンマーホールディングス株式会社(以下、ヤンマー)は、施設園芸における農作物栽培の負担を減らし、安定した生産と経営を実現することを目指して、スマートグリーンハウスの開発プロジェクトを進めています。農業熟練者の暗黙知をデータとして蓄積・活用し、栽培の品質向上や出荷日をコントロールできるようにすることで、農業経営の安定化を図ります。
たとえば、ヤンマーのスマートグリーンハウスの事例では、データを活用することでトマトの成熟度データやカメラ画像を分析し、温度や湿度を調整することで出荷日を予測するアルゴリズムを開発。これにより、作物の収穫タイミングが正確に把握できるようになり、品質の向上と効率的な出荷管理が可能になった、とあります。
スマートグリーンハウスの技術は、効率化や最適化を進めるべくまだまだ改善が続けられています。もちろん、商品化に向けたコストダウンも図られており、農業経営の未来を支える革新的なシステムであるスマートグリーンハウスの今後の進化が期待されます。
スマートグリーンハウスの始め方
収量を正確に把握する
農業のデータ活用を進めるには、まず収量がどれくらいの規模かを確認し、その後の収益向上に結びつけていくことが重要です。
日本施設園芸協会の技術部長・土屋和氏は、「データの活用はスマートグリーンハウスの第一歩ではあるが、それ自体を目的にしてはならない」「データ活用の目的は収益の向上に置くべきだ」と指摘し、その第一歩として、収量や等階級、売上の把握を強調しています。
データを使った分析を行う
前述した通り、収量等を正確に把握したら、自分の農場のデータを他の生産者と比較し、なぜ収量が少ないのか、または多いのかを分析、改善の方向性を見出すことが求められます。
なお、地域や部会で有効なツールとなる各種データ(収量、環境データ、生育データ等)を共有し、横のつながりを活かして、他者の成功事例を参考にすることも効果的です。
栽培計画を立て、実行する
栽培計画を立てることも重要な要素です。得たデータを基に作業計画を立て、進捗管理を行います。なお、収量を高める秘訣は、作業管理アプリなどを活用して作業時間や進捗を記録し、適切なタイミングで作業を行うことです。また、過去のデータを振り返り、次の作業に反映させることが成功の鍵を握ります。
会計データを活用する
経営改善においては、会計データを活用することも欠かせません。
日本施設園芸協会の技術部長・土屋和氏は、青色申告を行うだけにせず、収入と経費を把握し、収益の向上に必要な施策を立てるために会計データを積極的に活用することを推奨しています。
経費の分析や経費と売上のバランスを取ることは、無駄なコストの削減や効率的な経営を可能にするうえで大切です。昨今、販売されている会計ソフトなどは使い勝手に優れたものも多いので、自分に合ったものを活用し、作成した帳簿の記録に基づいた申告・納税を行うだけでなく、いち経営者として改善を行ってみてください。
データを活用する際の注意点
はじめに、「収量を正確に把握する」「データを使った分析を行う」と紹介したものの、スマートグリーンハウスに関連する環境要素の管理は、すべての要素を厳密に行うよりも、最も重要とされる要素に焦点を当てて管理することが重要です。
たとえば、現時点の環境が適正に管理されているかどうかや環境データを適正な状態に保つために機器の設定を変更するといった対応は、その時点の環境の良し悪しを判断するだけなので比較的簡単に行うことができます。一方で、その環境が将来的にどのように生育や収量に影響を与えるかを考える場合には、さまざまな生育データが必要になったり、何週間後、何ヶ月後といった時間的に異なる局面を対象に考える必要が出てきます。
しかし、はじめからたくさんの項目を調査することはかなりの労力を必要としますし、データが多ければ、分析する量も増えます。
よって初期の段階では少数の項目に絞って調査を行い、作物の生育や収量に関する因果関係が明確な項目から始めることを推奨します。
なお、農研機構は、環境から生育や収量を計算できるソフトウェアの開発を進めています。
農研機構. 2018. 重点普及成果 施設園芸作物の生育・収量予測ツール
農研機構. 2022.収量予測 API:GetYieldPrediction
これらのソフトウェアが発展することで、生育に対する環境の影響が捉えやすくなること、また、これらのソフトウェアが一般に広く普及し、誰もが活用しやすくなることに期待が高まります。
転換事例よりスマートグリーンハウスの利点を知る
最後に、スマートグリーンハウスの実践例をいくつか紹介します。
宮崎県の株式会社みちさきは、2012年の設立以来、養液栽培による野菜生産に取り組んでいましたが、初期の設備には二酸化炭素施用装置や暖房能力が不足していました。そこで宮城県の支援を受けて設備の増強を行った結果、収量が大幅に改善されました。
株式会社みちさきはウィークリーレポートを活用し、毎週の生育調査を基に栽培データを管理、異常の早期発見と改善につながった点が特徴的です。作物の成長をデータで管理する能力が向上したことで、トマトの単収が年々増加する結果を得ています。
群馬県の節なり会の事例では、キュウリ生産者が中心となって、クラウドを活用したデータ共有と現地研修を行っています。特に、Googleスプレッドシート(※1)やプロファインダークラウド(※2)によるリアルタイムデータの共有は、生産者が他のメンバーと比較し、目標達成に向けた具体的な指針を得る手助けとなっています。こうしたデータ活用が、収量向上に貢献しています。
※1 Googleが提供するオンラインの表計算ソフトで、表を作成したり、データの管理や分析を行ったりすることができ、複数のユーザーで同時に編集できるなどの機能がある。
※2 株式会社誠和が提供するハウス内の環境測定データの共有を基本サービスとしたクラウドサービス
兵庫県の東馬場農園の事例では、トマトやイチゴの栽培においてデータ活用が進んでいます。この農園では経営課題として、人件費の増加や作業効率の低下があげられていました。そこで、これを解決するために作業効率や人件費に関するデータを取得し、分析。その結果、作業遅延の原因が特定され、業務の改善につながりました。また、この農園では作業管理のため、オリジナルの労務管理システムを開発することで、作業効率の向上も図っています。
これらの事例からも分かるように、スマートグリーンハウスの導入において重要なのは、技術の導入だけではありません。データ活用や定期的なフィードバックを通じた改善プロセスといえます。
参考文献:アグリジャーナル編集部『アグリジャーナルvol.32』(株式会社アクセスインターナショナル、2024年)
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