近年、台風や集中豪雨といった自然災害により、耕地の冠水など農作物への被害が頻発しています。湿害の発生は生産量に大きく影響します。
そんな中、「植物工場」と呼ばれる新しい生産システムが注目されています。
安全な食料の供給などを目的とした生産システムで、広大な土地を用意しなくても水耕栽培によって野菜を生産することができます。このシステムは、生産者側にも消費者側にも様々なメリットがあると言われています。
そんなシステムが浸透しつつある今、酸素供給が農作物に与える影響についても注目が集まっています。
そこで本記事では、農作物収量と水中酸素の関係を筆頭に、酸素供給技術であるマイクロバブル、ナノバブルについて紹介して行きます。
農作物収量と水中酸素の関係
まず植物の生成には水は欠かせません
。水が不足すれば、葉がしおれ、光合成が低下し、植物は枯死してしまいます。
しかし、水を過剰に与えすぎても湿害が生じ、同じように葉がしおれ、根腐れや葉の黄色化が始まります。水が不足しても与えすぎても、植物は枯死してしまうのです。
ところが、“水を過剰に与えすぎても湿害が生じる”にも関わらず、水耕栽培ではどうでしょうか。
野菜の根の周りを水が覆っている状態にも関わらず、湿害が生じることはありません。
これには理由があります。
水耕栽培の場合には、その培養液に酸素供給を施しているのです。
培養液中の溶存酸素量を増やすことで、湿害が生じないよう管理しているのです。
これは金魚などの観賞魚を飼育する場合のエアーポンプやろ過装置の設置に似ています。
酸素供給の機械を設置することで、空気中の酸素が培養液に溶け込めば生育は阻害されません。
培養液中の溶存酸素量が不足すれば、もちろん生育は阻害されます。
培養液中の溶存酸素量と野菜の生育の関係は、様々な研究機関で調べられています。
日本植物生理学会によると、トマトの生育を調べた実験では、根付近の酸素濃度が低いと、根の伸長量、重量、地上部の重量が抑制されることが分かっています。酸素の供給の重要性が伝わる結果です。
台風・豪雨・猛暑による被害にも効果的?
今回着目するのはマイクロバブル、ナノバブルといった水耕栽培向けの技術についてですが、酸素供給の重要性は水耕栽培に限ったものではありません。
土壌栽培においても、酸素供給は必須です。
例えば台風や集中豪雨の被害に遭い、冠水してしまった土壌は酸素が不足し、そのままでは農作物が痛んでしまいます。そんな土壌を元に戻すのに、酸素供給を施しましょう。
まずは冠水してしまった土壌の水を取り除きます。
圃場に水が大量に流れ込んだとしても、流れているうちは酸素が供給されている状態です。しかし問題なのは滞水したときです。
滞水状態では酸素が供給されなくなるため、一刻も早く水を取り除かなければなりません。
次にいよいよ「酸素供給」です。土壌栽培の場合には、酸素供給剤を活用します。
市販されている酸素供給剤を希釈し、株元に施します。
加えて、水に浸かってしまいミネラル分を吸収する圧が下がってしまった根を活性化させるため、液肥を土壌や葉面散布により与えましょう。
土壌にいる微生物などを活性化させる肥料も用意しておくと、土壌環境も改善されます。冠水した土壌を元の状態に戻すために、酸素供給剤や肥料を活用しましょう。
マイクロバブル、ナノバブルが農作物に与える影響
水中への酸素供給技術として注目を集めているのが、マイクロバブルやナノバブルです。通常の気泡であるセンチバブルやミリバブル以上に小さく、その物理的、化学的性質が注目を集めています。
・マイクロバブル
マイクロバブルを用いた実験において、ほうれん草の例を紹介します。
ほうれん草の種子は非常に硬い果皮に覆われているのが特徴です。
その果皮は種子の給水や膨潤を阻害してしまうため、ほうれん草は発芽が困難とされています。
果皮をあらかじめ取り除くことで発芽を促す方法もありますが、浸種処理する方法でマイクロバブルが活躍します。
浸種処理の際に使用する水の酸素濃度の低下が、発芽不良につながるのですが、マイクロバブルに浸種することで発芽率が上がるのです。
浸種開始7日目で、通常気泡で酸素供給を行った種子に比べて発芽率が約2倍になったことが報告されています。
また発芽所要日数も約0.4日早まりました。また他の実験で、通常の酸素供給ではカリウムの欠乏が原因と見られる生理障害が発生しましたが、マイクロバブルを利用した場合には問題なく成長したことが分かっています。マイクロバブルにより、カリウムが効率よく吸収されたのではないかと考えられています。
マイクロバブルを用いた実験には、メロンへの実験もあります。
メロン栽培において、土壌の排水不良による酸素不足が原因のカリウムやカルシウム不足、マンガン過剰症が起きていることをふまえ、マイクロバブルによる酸素供給の効果を調べたものです。結果として、マイクロバブルによってメロンの乾物量に変化がみられることはなかったとありますが、カリウム含有量は高かったと報告されています。
マンガンの過剰吸収も抑制される傾向が見られましたが、本来含有量が増えるべきカルシウムは、マイクロバブルによって半減してしまうことも判明しています。
・ナノバブル
直径が1mmの1000分の1以下という気泡を指します。
ナノバブルの特徴には「ブラウン運動」と呼ばれる動きが挙げられます。
通常の気泡は水中を上昇して水面で弾けてしまいますが、ナノバブルはこの動きで水中に漂うため、数ヶ月間は水中に留まるとされています。ナノバブルによって水中の溶存酸素量を増やせば、植物の根から酸素が適切に吸収され続けるので、成長の促進が期待されています。
また酸素ではなく二酸化炭素のナノバブルを葉に散布することで光合成を促進するという、また違った活用法も紹介されています。
ナノバブルを活用した農作物栽培の共同実験によると、ナノバブルによる脱窒素効果によりレタスの葉枯病の大幅減少や、苦味の軽減などが報告されています。収量増加に関する報告もあり、今後も期待される技術であることが伺えます。
ただし現段階では、作期が短いもの、収量の多い作物が中心となっています。
今後は、メロンやスイカといった1つの茎から1個しか収穫できない作物、収穫までに長い期間を要する作物などの実験データの集積が必要となります。
この実験により、様々な農作物にこの技術が広まるようになれば、植物工場の発展や、天候に左右されにくい農作物栽培が期待できるでしょう。