農業に携わる中で「昆虫」に対するイメージにはどのようなものがあるでしょうか。農作物に害を与える「害虫」としてのイメージが強い人もいるかもしれませんが、昆虫の中には「送粉者」としての役割を担うものも少なくありません。
送粉者(昆虫)とは?
送粉者は、“植物の花粉を運んで受粉させ(送粉)、花粉の雄性配偶子と花の胚珠を受精させる動物のこと”を指します。花粉媒介者、授粉者・ポリネーターと呼ばれることもあります。
送粉者の役割
送粉者の役割は、植物の花粉を運び、受粉させることです。送粉者自身が意識的に授粉を行なっているわけではありませんが、種子植物が有性生殖を行う上で、受粉は重要な過程です。送粉者など動物を使って受粉を行う植物は、花弁や蜜、匂いなどに工夫を凝らし、動物を引き寄せる必要が生じますが、送粉者が花粉を運んでくれることで、植物は自分の遺伝子を拡散することができます。
送粉者の種類
送粉者は約20万種あると推定されています。その大部分は昆虫であり、もっともよく知られている送粉者はハナバチ類(ミツバチやクマバチなど)です。ハナバチ類の体は毛で覆われています。毛で覆われた体は帯電しており、花粉が付着しやすいという特徴があります。また後肢には花粉籠と呼ばれる構造があり、意図的ではありませんが、その構造を使って花粉を花から花へと運んでいきます。
また鱗翅目に属するチョウやガも送粉者としての役割を担うことがあります。他にもアブや一部の甲虫、アザミウマやアリ、脊椎動物ではコウモリなど、送粉者の種類は多岐にわたります。
送粉者がもたらす農業への経済価値
なお少々古いデータにはなりますが、国立研究開発法人農業環境技術研究所が面白いデータを発表しています。平成28年2月に発表された「日本の農業における送粉サービスの経済価値を評価」では、送粉者がもたらす農業への経済価値について報告されています。ここで記載されている「送粉サービス」とは、農作物が果実等をつけるために必要な、花粉を媒介する機能を指します。
農作物の生産額と花粉を媒介する機能への依存割合を集計して経済価値を推計したところ、
- 送粉サービス総額 約4,700億円
- 人為的に送粉者として用意した昆虫によるもの 約1,400億円
- 野生の送粉者によるもの 約3,300億円
と算出されました。送粉サービスの総額は、耕種農業(植物を利用して行う農業。動物を利用するのが畜産農業)の8.3%に相当すると言われています。
送粉者としての役割を担う昆虫がもたらす経済価値は、それなりに高いと言えるのではないでしょうか。
送粉者の主役であるミツバチは減少傾向にある
送粉者の代表格・ミツバチ。そんなミツバチは、2006年に蜂群崩壊症候群(CCD)が報告されて以来、世界各国で減少傾向にあります。日本でも同じような症例が報告されています。CCDの原因としてネオニコチノイド系農薬が挙げられていますが、CCDの明確な原因はまだわかっていないのが現状です。
ミツバチ減少に伴う農業への被害
ミツバチが減少することで考えられる農業被害は、
- 送粉者を介した交配ができなくなる
- 受粉が不十分になり、奇形などが生じる
- 手作業による受粉が必要になる
→技術が必要になる上、労働量に限界がある
などが挙げられます。
特に、ミツバチがいなくなることで受粉の作業を人がやらなければならなくなった場合、1日でできる量には限界があります。日本では農業従事者の高齢化や労働力不足が課題となっています。そんな中での手作業による受粉は現実的ではありません。
ミツバチに変わる送粉者は?
ミツバチ減少に伴い、ミツバチに変わる送粉者として有望な昆虫の研究が進んでいます。日本農業新聞で、ミツバチに変わる送粉者としてヒロズキンバエ「ビーフライ」について紹介されています。イチゴを栽培するハウス内で、ミツバチの活動が弱くなる厳寒期に「ビーフライ」を同時に放ったところ、出荷率が75%と高くなりました。
まとめ
送粉者は植物が有性生殖する上で欠かせない存在です。
そんな中、送粉者の代表格ともいえるミツバチは減少傾向にあります。減少傾向にある今、「ビーフライ」のような、ミツバチの代わりとなる昆虫の研究も進んでいますが、次から次へと代替品を用意するのでは問題の根本的な解決にはつながりません。欧米では、CCDの原因として挙げられているネオニコチノイド系農薬の使用禁止に向けた動きが進んでいます。人間の都合だけでは無く、昆虫等と共存できる優しい農業を目指していきたいものです。
参考文献
- 送粉者 Wikipedia
- 受粉 Wikipedia
- 自家受粉と他家受粉
- 農作物の花を訪れる昆虫がもたらす豊かな実り-日本の農業における送粉サービスの経済価値を評価- 国立研究開発法人農業環境技術研究所
- 消えたミツバチの謎と予防の原則 酪農学園大学 動物薬教育研究センター
- 特集 ミツバチと、生態系と農業を守るために~日本でも求められるネオニコチノイド系農薬の使用規制~ミツバチ保全で広がりを見せる欧米の企業・NGOの動き 一般社団法人 地球・人間環境フォーラム
- 花粉交配用ミツバチの減少と野菜生産への影響について
- 授粉昆虫ビーフライ有望 イチゴ 奇形果減少 出荷率75%に 冬に蜂と併用 島根県農技センターが実証・普及 日本農業新聞