平成30年8月に「平成31年度税制改正要望」が発表されました。
税制改正要望の内容が「農協法の改正に伴う組織変更を全面的にサポートする内容」として注目されています。そんな平成31年度農林水産税制改正要望の主要事項について解説していきます。
そもそも税制改正とは
税制改正とは、その名の通り「税金制度の改正を行う」ことを指します。
国や自治体が公共施設や行政サービスを維持するためには税金を集める必要があります。ただ、この税金制度は政権や社会、時代の変化に合わせて新しく制定する必要があります。
税制改正を行うことで、国や地方公共団体に必要な収入を確保しているのです。日本の税制改正は、基本的に1年に1回行われています。
税制改正の一連の流れは以下の通りです。
- 夏ごろ、各省庁から「税制改正要望」が提出される※1
- 12月中旬ごろ、与党から「税制改正大綱(原案)」が発表される
- 「税制改正大綱」をふまえ、財務省が改正法案を作成(地方税は総務省が作成)
- 1月下旬から2月上旬、「税制改正法案」が国会へ提出される
- 国会に提出された法案について衆議院・参議院で審議が行われる
- 3月末、成立・交付が行われる
- 4月1日より改正法案が施行※2
※1税制の改正に関する要望だけでなく、廃止事項や縮減について提出されることもある
※2暦年課税の所得税などは1月1日まで遡り適用される
農協法の改正とは
平成27年8月28日、農業協同組合法等の一部を改正する等の法律(改正農協法)は与党などの賛成多数で成立し、平成28年4月1日に施行されています。この改革の目的は「農業所得の増大」です。
時代とともに農協を取り巻く環境は変わっていきました。例えば農業従事者は時代の流れとともに「大規模な農業経営を展開する農業者」と「小規模な兼業農家」へと分化していきました。また食料の需給も過剰基調な状態です。
- 生産力がついているのに消費量が減少する
- 大規模な農家と小規模な農家に二分化していく
これらは改革の目的として掲げられている「農業所得の増加」にはつながりにくいですよね。だからこそ、改正にふみこんだのです。
平成28年1月に農林水産省が発表した「農協法改正について」によると、農協は「農業者が自主的に設立した協同組織である」、すなわち農業者が農協利用によってメリットを受けるために設立されたものであると書かれています。そのため「農業所得を向上させるために、まず地方農協が自由な経済活動を行えるようにならなければならない」という考えが基盤にあるようです。
また「地方農協が自由な経済活動を行えるように」という考えから、JA全中(全国農業協同組合中央会)を、農協法に基づく特別認可法人から一般社団法人へ移行しました。「JA全中が地方農協の自主性を阻害している」という考えから、JA全中の監査権限を無くし、公認会計士ほうに基づく監査法人を新設することになりました。
(ただ公認会計士監査となることで、JAの監査負担の増加や公認会計士の少ない地方で監査を受けられないJAが生じる恐れがあります。そこで改正農協法附則(附則・法律など規則の規定を補うためにつけ加えた規則)による、監査機能維持のための配慮がなされています。)
農林水産税制改正要望の主要事項
平成31年度農林水産税制改正要望の主要事項は以下の通りです。
1.新規・拡充措置に関する要望
(1) 特定農産加工業経営改善臨時措置法に基づく事業用施設に係る特例措置の拡充及び延長(事業所税)
(2) 水産業の成長産業化に関する税制上の所要の措置(複数税目)2.既存措置に関する要望
(1) 農業競争力強化支援法に基づく事業再編計画の認定を受けた場合の事業再編促進機械等の割増償却等の2年延長(所得税・法人税、登録免許税)
(2) 利用権設定等促進事業により農用地等を取得した場合の所有権の移転登記の税率の軽減措置等の2年延長(登録免許税、不動産取得税)
引用元:平成31年度税制改正要望の主要事項について 平成30年度8月 農林水産省
主要事項のうち、
- 特定農産加工業経営改善臨時措置法に基づく事業用施設に係る特例措置の拡充及び延長(事業所税)
- 農業競争力強化支援法に基づく事業再編計画の認定を受けた場合の事業再編促進機械等の割増償却等の2年延長(所得税・法人税、登録免許税)
を以下でご紹介しますが、要望として挙げられているものの多くは「税負担が増えないようにする措置」と言えます。
農協法改正によって、都道府県中央会は19年9月末までに連合会へ移行します。
法人税法によって、中央会では収益事業だけが課税対象として扱われてきました。
しかし連合会へ移行すると全事業が課税対象となります。そのため「連合会へ変更した後も中央会と同等の機能を果たす場合には、法人税の扱いは変えないようにしよう」という要望を出しました。「税負担が増えないようにしよう」という要望です。「農協法は改正されても、会員である農業協同組合等をサポートする姿勢は崩しませんよ」ということを示しています。
新規・拡充措置に関する要望(1) 特定農産加工業経営改善臨時措置法に基づく事業用施設に係る特例措置の拡充及び延長(事業所税)について
この要望の背景には、人口減少や高齢化による日本の食品産業の縮小傾向が挙げられます。また関税撤廃等によって輸入農作物や加工品のシェアが高まっています。
今後、日本の食品産業と輸入品の競合は厳しくなることが予想されます。
そこで農林水産業と深い結びつきがあり、地域の主要産業のひとつでもある特定農産加工業者※の経営改善を促進し、その経営改善によって農業および農産加工業が発展することを目的に、要望として挙げられました。
※特定農産加工業者
かんきつ果汁製造業
非かんきつ果汁製造業
パインアップル缶詰製造業
こんにゃく粉製造業
トマト加工品製造業
甘しょでん粉製造業
馬鈴しょでん粉製造業
米加工品製造業(米穀粉、包装もち、加工米飯、米菓生地、和生菓子[米を原料とするもの])
麦加工品製造業(小麦粉、小麦でん粉、精麦、麦茶)
乳製品製造業(飲用牛乳を含む)
牛肉調製品製造業
豚肉調製品製造業
引用元:特定農産加工資金|日本政策金融公庫
既存措置に関する要望(1) 農業競争力強化支援法に基づく事業再編計画の認定を受けた場合の事業再編促進機械等の割増償却等の2年延長(所得税・法人税、登録免許税)について
この要望の目的は、
- 日本の農業を持続的に発展させる
- 良質かつ購入しやすい価格の農業資材を供給する
- 農産物流通等の合理化を実現させる
と掲げられています。
農業の持続的な発展には、
- 農業従事者にとって良質で購入しやすい農業資材の存在
- 農産物の品質等の適切な評価
- 効率的な流通・加工
など、農業従事者の努力だけではどうにもならない構造的な部分への対処が必要と考えられてきました。
要望の冒頭にある「農業競争力強化支援法」は、これらの課題に対する措置を内容とする法律で、平成29年5月19日に可決・成立、平成29年8月1日に施行されています。この法律によって、農業経営・農業競争力の強化を図っています。
今回の要望は、この制度を利用した業界再編を後押しするためのものと考えられます。農林水産省が発表したこの要望の「施策の必要性」では、
認定を受けた計画に基づく設備等の取得に際し、その後のキャッシュフローの改善に資するため、取得設備等について割増償却を認めるものであり、
引用元:平成 3 1 年度税制改正(租税特別措置)要望事項(新設・拡充・延長 )
とあります。
その他注目すべき項目
主要事項の中の2つに厳選して内容をご紹介しましたが、農林水産省の税制改正要望にはまだまだ注目すべき項目があります。
植物品種保護制度の見直しに伴う税制上の所要の措置
農林水産物・食品の輸出促進を図る中で、懸念されている事項に
- 優良な種苗の海外流出
- 種苗産業の開発力の低下
が挙げられています。そのためこの要望では、日本農業の競争力の強化と輸出促進のために、
- 優良種苗が海外へ流出することを防止
- 育成者権(植物の新たな品種に対して与えられる知的財産権・無体財産権)の保護強化
を目的としています。
農地中間管理機構法の施行後5年後見直し等に伴う税制上の所有の措置
平成31年は「農地中間管理機構法」の施行から5年経過の年となるため、制度見直しのために所有の措置を実施する必要があるのではないか、という要望です。
この要望の目的は「担い手への農地の集約化と確保」です。
農地中間管理機構は平成26年度に全都道府県に設置されました。
- 農業経営をリタイアする際、農地を貸したい
- 新規就農するので農地を借りたい
などの状況に置かれたとき、農地のやりとりに対して中間的受け皿の役割を担う仕組みとなっています。
日本政府は、農業の競争力強化に向けて、「平成35年までに担い手に全農地面積の8割を集積する」という目標を掲げています。集積率は平成28年には52.3%、29年度末には55.2%となっていますが、今後集積の加速化をはかる必要があります。