昨今の変化で印象的なのが、生産緑地の貸借ができるようになったことです。
これまで生産緑地は原則転用できませんでしたが、2018年9月1日、都市農地貸借円滑化法が施行され、生産緑地(相続税納税猶予制度適用農地含む)の貸借ができるようになりました。
そこで本記事では、生産緑地制度の貸借ができるようになった背景、そして貸借を行う際に知っておきたい注意点についてご紹介していきます。
生産緑地の貸借ができるようになった背景
生産緑地の貸借についてご紹介する前に、貸借ができるようになる前の状況についてまとめました。
原則転用はできなかった
「保全する農地」として区分けされた生産緑地は、原則として、その所有者であっても農地の転用(売ること・貸すこと・建てること・借りること)はできませんでした。
これまで貸借しにくかった理由
まず農地法によって、農地に関する権利の移転や設定について制限があります。農地法とは昭和27(1952)年に制定された法律で、農地の権利移動や転用の制限への措置などが定められています。
農地法第一章 総則に記された目的には、“耕作者自らによる農地の所有が果たしてきている重要な役割も踏まえつつ、農地を農地以外のものにすることを規制する”という一節があります。農地法で農地とは耕作の目的に供される土地であると定義されています。
農地の権利は、農地を効率的に耕作する人にあるという考えのもと、所有権を移転したり、有償・無償問わず貸したり借りたりといった権利の設定、移転には、農業委員会の許可が必要になります。
また農地所有者が農地を貸し出しにくい背景には、農地を借りる人の権利が農地法によって手厚く保護されていることもあげられます。
農地法第17条によれば、賃貸借期間が設定されている場合、貸した人が借りた人に契約を更新しない旨を伝えない(期間満了の1〜6ヶ月前までに通知しない)場合には、自動的に同一条件で契約が更新されることになります。
加えて、賃貸借を解除したり、更新しない旨を伝えるなどの通知には都道府県知事の許可が必要になり、都道府県による許可要件に当てはまる場合でなければ許可されません(18条)。
市民農園として貸し出すことはできるが……
農林水産省のウェブサイトでは、市民農園を「サラリーマン家庭や都市住民の方々が、レクリエーションや生きがいづくり、生徒・児童の体験学習などの多様な目的で、小面積の農地を利用して野菜や花を育てるための農園」としています。
市民農園の開設に用いられる「特定農地貸付けに関する農地法等の特例に関する法律」(特定農地貸付法)による貸付では、特定農地貸付の承認を農業委員会が行うこともあり、権利移動における農業委員会の許可は不要になります。加えて農地を借りる人の権利を保護する規定は適用されません。
ただし、相続税納税猶予制度が適用できないというデメリットがあります。相続税納税猶予制度は、被相続人(財産を残す側、元の所有者)が死亡の日まで農業を営むことを適用要件としているからです。また相続人(農地を引き継ぐ側)も農業を営むことを求めています。
となると、相続税納税猶予制度の適用を受けている農地で貸付を行った場合、納税の猶予期間が確定し、猶予税額を納税する必要が生じます。生産緑地の相続税はその付近の宅地と同等の評価がなされます。したがって相続税の課税額は莫大なものとなります。
後継者の有無も相続税に影響する
相続人(農地を引き継ぐ側、見出しでいう「後継者」)が生産緑地を続けていけばこの制度が適用され、固定資産税が農地課税となり安い金額で済みます。
しかし先で述べた通り、相続税納税猶予制度は相続人(農地を引き継ぐ側)が農業を営むことも求めています。猶予された相続税は、相続人が死亡しない限り、免除されません。すなわち、後継者が営農を続ける必要があります。
昨今、人口減少や高齢化が進み、農業の担い手不足が深刻化しています。そんな中、営農の継続はそう簡単なことではありません。
また被相続人(財産を残す側、元の所有者)が相続人(農地を引き継ぐ側)に営農を続けてもらうつもりであっても、その次の代のことも考慮する必要があるといえます。
被相続人の「子」が相続人で、「孫」がその次の相続人と仮定します。
生産緑地は、以下のいずれかに該当する場合には、買取請求事由が発生します。
- 生産緑地地区の指定から30年を経過した場合
- 農林漁業の主たる従事者が死亡した場合
- 農林漁業の主たる従事者が農林漁業に従事することを不可能にさせる故障を負った場合
生産緑地の解除はできるのですが、この場合、申請と同時にそれまで納税猶予を受けていた相続税と利子税を納付しなければなりません。子が営農しても、孫に営農意思がなかった場合、農地等納税猶予分の税金を納付しなければならないのです。
「借りたい」声と「現実には貸せない」声
農林水産省が農業者を対象にしたアンケート調査では、市街化区域内農地について「借りたい」という声があるとの回答が3割前後ありました。しかし「貸したい」という声の中で、「現実には貸せない」という声も3割前後あげられています。
貸すことをためらう理由の上位は、農地法に基づく農地の権利や相続税納税猶予制度が適用できないことへの意見が上位を占めています。
<以下、アンケート調査より、貸すことをためらう理由>
- 耕作権を主張され、返ってこない不安がある
- 相続が起きた時に自由に処分できなくなる
- 相続税の納税猶予が打ち切りになるため
- 知らない相手には貸したくないため
- 賃貸料が非常に安いため
- 借り手が見つからないため
- その他
貸借の必要性が高まった
先述した通り、生産緑地が貸借しにくかった理由にはさまざまなものがありました。しかし農業従事者の高齢化、そして後継者不足という課題によって、貸借の必要性が高まっていきます。
ニッセイ基礎研究所のウェブサイトに公開されているレポート「生産緑地の貸借によって変わる都市農業と都市生活―都市農地の貸借円滑化法案の内容と効果」には、「生産緑地は宅地化農家に比べ減少率は低く、都市農地の維持に効果を上げてきたと言える」という記述があります。
しかし2006年以降、生産緑地は一貫して減少し続けています。同レポートは、その理由の多くが農業従事者の死亡や、故障によって農業継続ができなくなり、転用したものと考察しています。農業従事者の高齢化にともない、生産緑地が徐々に失われつつあるのが現状です。
一方で、同レポートは新規就農希望者の増加についても記しています。しかし生産緑地は原則として借りるのが困難な仕組みになっているため、せっかく都市農業の担い手が増えても、生産緑地の活用が進めにくい状況にありました。
生産緑地の貸借
2018 年9月1日に施行された都市農地貸借円滑化法により、生産緑地(相続税納税猶予制度適用農地含む)の貸借ができるようになりました。
この法案は以下の2つの貸借のしくみで成り立っています。
- 生産緑地を借りる人が自ら農業経営することを目的に貸借する
- 市民農園など公益目的で貸借する
貸借に関する注意事項
貸借期間が終了すれば、貸借していた生産緑地は必ず生産緑地の所有者に返還されます。貸借の更新も可能です。ただし、賃貸借が有償か無償かによって、契約できる内容に違いがあります。
有償の場合、「農地所有者(貸付人)に相続が発生したとき、借受人は農地を返還する」といった内容の賃貸借契約はできません。ですが、有償になると返還ができなくなる、というわけではありません。返還を受けたいとき、借受人の同意を得ることができれば、返還は可能です。
一方、無償の場合には上記のような貸借契約を結ぶことが可能です。ただし、当事者同士でよく話し合うことや内容確認を怠るとトラブルが発生するリスクが高まります。いずれの場合も、契約する際は、よく話し合ってから契約することが大切です。
相続に関する注意事項
生産緑地を貸し出している時、生産緑地の所有者に相続が発生した場合、生産緑地を相続した者は以下の申し出が可能です。
- 貸し付けたまま相続税納税猶予制度の適用を受ける
- 一定の要件のもと生産緑地の買取申出をする
生産緑地の相続人が2.を申し出る場合には、以下の条件があります。
- 借受者から生産緑地の返還を受ける
- 所有者(被相続人)が主たる従事者であったことが認められる
“所有者(被相続人)が主たる従事者であったことが認められる”という条件を満たすには、生産緑地の貸借中に、所有者が借受人の農業の業務に一定程度関与する必要があることに注意してください。
参照サイト
- 農地関係のリーフレット|東京都農業会議
- 東京大学学術機関リポジトリ
- 都市農地の貸借がしやすくなります
- 生産緑地の貸借によって変わる都市農業と都市生活―都市農地の貸借円滑化法案の内容と効果
- 都市農業・都市農地に関するアンケート結果
- 今仲清の生産緑地シリーズ(2) バブル経済がきっかけで新生産緑地制度が誕生
(上記2024年1月9日閲覧)