2020年3月31日、「雇用保険法等改正法」が国会で可決され成立し、2021年4月に施行されることになりました。その内容は高齢者の就業や兼業・副業など、さまざま働き方を後押しするもので、高年齢者雇用安定法や雇用保険法、労災保険法などが一括して改正されました。
この中で注目を集めているのは「70歳就業法」とも呼ばれる「高年齢者雇用安定法」。この改正法には、働く意欲のある高年齢者が活躍できる環境の整備を目的とする趣旨がありますが、農業界においては「定年帰農の逆風になるのでは?」と懸念の声があがっています。
来年4月に施行される70歳就業法の内容と、農業界への影響についてまとめます。
70歳就業法とは
少子高齢化が急速に進展し人口が減少する中で、経済社会の活力を維持するため、働く意欲がある高年齢者がその能力を十分に発揮できるよう、高年齢者が活躍できる環境の整備を目的として、「高年齢者等の雇用の安定等に関する法律」(高年齢者雇用安定法)の一部が改正され、令和3年4月1日から施行されます。
上記に“働く意欲がある高年齢者がその能力を十分に発揮できるよう、高年齢者が活躍できる環境の整備を目的として”とあるように、その目的は就業機会の確保にあり、決して定年を70歳に引上げることを義務付ける内容ではありません。
「70歳就業法」(改正高年齢者雇用安定法)は、事業主が「高年齢者就業確保措置」のいずれかを制度化する努力義務を設けるものです。
概要
現行制度では、高年齢者の就業機会を確保するために、事業主は以下の内容のいずれかを義務付けられています。
- 65歳まで定年引上げ
- 65歳までの継続雇用制度の導入
(特殊関係事業主(子会社・関連会社等)によるものを含む) - 定年廃止
改正後は年齢が65歳から70歳までに引き上げられ、また2つの措置が新設されました。
- 70歳まで定年引上げ
- 70歳までの継続雇用制度の導入
(特殊関係事業主に加えて、他の事業主によるものを含む) - 定年廃止
- 高年齢者が希望するときは、70歳まで継続的に業務委託契約を締結する制度の導入
- 高年齢者が希望するときは、70歳まで継続的にa.事業主が自ら実施する社会貢献事業
b.事業主が委託、出資(資金提供)等する団体が行う社会貢献事業に従事できる制度の導入
出典元:改正高年齢者雇用安定法概要
新設された4と5は雇用「以外」の措置です。70歳まで働き続けるための多様な環境として、これまでの会社に残る方法(定年延長・廃止、契約社員などでの継続雇用)以外に、
- 他社への再就職
- フリーランス
- 起業
- 社会貢献活動参加
などが示されています。なお事業主が4や5の措置をとる場合には、労働者の過半数を代表する者や組合の同意を得た上で導入することになります。
70歳就業法による農業界への影響は?
先で“定年を70歳に引上げることを義務付ける内容ではありません”と紹介しました。しかし2020年5月29日の日本農業新聞では、70歳就業法により定年帰農に逆風が吹くのではないかと懸念する声に関する記事が掲載されています。
定年帰農とは、
- 農村出身者が定年退職後に農村へ戻り,農業に従事すること
- 出身地を問わず、定年退職者が農村に移住し,農業に従事すること
出典元:農林水産省 農林水産関係用語集
を指します。
70歳就業法に戸惑いの声が上がった理由には、中高年の新規就農者の確保が進まない可能性があげられています。
農業従事者の高齢化が進む中、若年層の新規就農者の増加が期待されていますが、2018年の新規就農者5万5800人のうち、52.2%が60歳以上だと言われています。また2015年の農林業センサスによれば、農業就業人口のピークが60歳以降に大幅に増加する傾向にある一方、70〜74歳では減少傾向にあります。すなわち70歳以降は農業を引退する人が増える、ということです。
日本農業新聞では、定年帰農者の支援に力を入れているJA部会関係者の声が取り上げられており、そこには3年前に新規就農した60代男性が「60歳の定年目前だったから就農を考えたのであり、70歳では就農しなかった」という意見や、70歳からの就農は難しいと考える、法改正により生じた矛盾をつく意見がありました。
定年が延長されることで、新規就農者が減少するのではないかと懸念されているのです。
ただ70歳就業法はあくまでも「努力義務」とするもの。労働者、働く意欲のある高齢者側にも「企業が必ずしも70歳まで雇用し続けなくてもよい」点や雇用「以外」の措置への懸念があります。雇用「以外」の措置においては、企業と労働者の過半数を代表する者や組合の同意を得た上で決定される事項ではあるものの、その多様な働き方を労働者側が選ぶことができない点にやや不安が残ります。
実際の影響は2021年4月の施行後になってみないとわからないものですが、農業界における中高年の新規就農と70歳就業法の動向は、今後も注目し続けたいところです。
参考文献