より良い農作物を生産するために、たくさんの研究者が品種改良に取り組んできました。
病気に強い品種や気候変動に強い品種など、さまざまな品種が開発されています。そんな中、農業分野において注目されている技術に「ゲノム編集」があります。ゲノム編集技術自体はすでにさまざまな分野で浸透していますが、まさに今、ゲノム編集を施された農作物が話題となっています。
本記事では、話題の「ゲノム編集」について徹底的に解説していきます。
DNAの復習
ゲノム編集について解説する前に、まずはDNAの基礎について復習していきましょう。
農作物の特徴、収量や病気に強いか否かなどは、DNAの遺伝情報により決まっています。
そんな遺伝情報は4種類の塩基配列、アデニン(A)、チミン(T)、グアニン(G)、シトシン(C)で示されています。この4種類の塩基配列に基づき、たんぱく質が合成されます。
たんぱく質の合成の流れは、
1.遺伝情報が伝令RNA(mRNA)に転写される
2.mRNAの塩基3つがワンセットとなり、20種類あるアミノ酸から1種類が選ばれる
3.選ばれたアミノ酸が連結し、たんぱく質が合成される
という流れで合成されます。mRNAに転写される際、塩基は
G→C
C→G
T→A
A→U(ウラシル)
に置き換わる特徴があります。
塩基配列によってつくられるアミノ酸が決まる、ということは、DNAの塩基配列が1つでも変わるとつくられるアミノ酸が変化することを意味しています。
アミノ酸が変化すれば、出来上がるたんぱく質も変化してしまいます。塩基1つによる影響はとても大きいのです。
ゲノム編集とは
・「品種改良・遺伝子組み換え技術」までの流れについて
ゲノム編集技術について説明する前に、その前段階にあった技術について説明します。
品種改良とは、より優れた品種をつくりだすことと言えます。
例えば「味はいいが病気に弱い品種」と「味は悪いが病気に強い品種」があるとします。
この2つをかけ合わせることで「味もよく病気に強い品種」が手に入れば、より優れた品種がつくりだされたことになります。が、この方法には難点もあります。
「味が悪く病気にも弱い品種」が現れることも十分考えられるからです。かけ合わせによる品種改良は、かけ合わせを行なった後「選抜する作業」が必要になりました。
そして遺伝子組み換え技術。
技術が登場した当時革新的だったのは、異なる「種」の遺伝子を導入することでした。
かけ合わせて選抜する「育種」と呼ばれる方法では得られない特徴を、品種に与えることが出来るのです。例えば味のいい品種に、病気に強い品種の“病気に強い”部分の遺伝子を導入すれば「味もよく病気に強い品種」が出来上がります。育種とは違い、選抜作業をなくすことができるのです。
・ゲノム編集技術
そして本題のゲノム編集です。
これは特定の遺伝子を切断することで、その遺伝子によって得られる特徴を“失わせる”という技術です。
代表的なゲノム編集技術は「クリスパー・キャス9」と呼ばれるものです。
遺伝子を切断する働きをもつたんぱく質「キャス9」を、ガイドRNAで標的となる遺伝子に誘導します。
「キャス9」は標的となった遺伝子だけを確実に狙い切断します。
それにより変異が生じ、新しい品種がつくりだされるという仕組みです。
遺伝子というのは元々、紫外線を浴びるだけでも切断されるものです。
ただし切断しても、生物に元々備わっている「修復」の働きにより、切断された部分は修復されます。ですが、切断された部位が
・一部の塩基を失っている状態
・別の塩基に置き換わっている状態
・別の塩基配列が挿入されている状態
でも、遺伝子の働きに変化が生じます。遺伝子組み換え技術とは方法が違えど、DNAの特徴である「1つでも塩基配列が変わるとアミノ酸が変わる=たんぱく質が変わる=性質が変わる」を利用しているのです。
画期的な新技術として注目されている
農業分野において、イネや大豆、トマト、ブドウなどといった数多くの農作物のゲノム情報が解読されています。
このゲノム情報を利用して、目的となる部分を効率よく改良するのがゲノム編集技術のミソです。標的だけを狙って改良できるため、選抜を繰り返す必要もありません。効率よく品種改良を行うことが出来ます。
日本政府は「戦略的イノベーション創造プログラム」というものを推進しているのですが、農林水産分野でもICT・ロボット技術の応用や植物工場、次世代機能性食品の開発などと共に、「ゲノム編集」は推進される技術のひとつです。
ゲノム編集技術の事例
ゲノム編集技術を用いた研究について紹介します。
まずは「稲」の研究です。
ゲノム編集技術を使い開発されている稲は「多収量品種の稲」です。この稲の品種改良がすすめられている背景には、日本のコメが海外で評価されるようになったことが挙げられます。
世界中でも評価されるようになったコメですが、現在の販売価格では一部の富裕層にしか食べてもらうことが出来ません。そこでさまざまな層に食べてもらうため、生産コストを抑えられる収量の多い品種の改良が研究されています。
他にGABA※の含有量が高いトマトの開発や有害物質ソラニンが生じない「毒なしじゃがいも」の開発などが進められています。いずれも、GABAやソラニンの生成、合成に関わる遺伝子の働きを抑えるなどして開発されています。
※GABA(Gamma Amino Butyric Acid: γ-アミノ酪酸)は機能性成分として注目を集めている天然アミノ酸のひとつ。リラックス効果をもたらす役割を担い、ストレス対策に用いられることが多い。
もちろん課題もあり
ただし課題もあります。
研究者にとっては研究しがいのある内容だとは思うのですが、作物の中にはゲノム編集を応用することが出来ないものもあります。
驚きなのですが、定番野菜である玉ねぎはゲノム編集のみならず、遺伝子組み換えすら実現できていないという現状があります。
涙が出る原因となる物質合成に関わる遺伝子を抑制することができれば、涙を流さずに済む玉ねぎが開発できるのですが、現状は難しいようです。
加えてゲノム編集でつくられた農作物が法律の規制対象になるのかどうかも定かではありませんし、消費者のゲノム編集への不信感は根強いものとなるでしょう。
うまく新しい品種が開発されたとしても、受け入れられなければ生業としてはやっていけませんよね。研究開発以外の面でも、まだまだ課題は残されています。