日本の有機農業の現状と世界の有機農業

日本の有機農業の現状と世界の有機農業

近年、農業を取り巻く環境は変化しています。気候変動による異常気象の増加や、化学肥料の高騰、国際的な食糧供給の不安定化などの要因が農業の持続可能性を脅かしています。そこで、環境負荷を低減し、持続可能な農業を目指す「有機農業」が注目を集めています。

世界における有機食品の市場規模は14兆円を超え、この20年で6倍にも拡大しています。日本でもじわじわと広がりを見せる有機農業ですが、いくつかの課題もあります。

 

 

日本の有機農業

日本の有機農業の現状と世界の有機農業|画像2

 

有機農業が広まりにくい背景

農薬や化学肥料の使用に対する懸念が高まり、自然農法や無農薬栽培といった取り組みが各地で行われるようになりました。しかし有機農業は一部の農家や消費者に支持されるにとどまり、これまで農業全体としては主流となることはありませんでした。

また日本では有機農業がなかなか普及しない理由に気候的な要因があげられます。高温多湿な日本では病害虫の発生が多く、化学的に合成された肥料や農薬を用いない有機農業では、病害虫の管理が難しく、収量の不安定化を招くことがあります。このことが有機農業の実践を難しくしています。

ほかに、有機農業では栽培の要となる土壌の健康を保つために、長期的な視点での土壌管理が重要です。しかし従来型農業から有機農業に転換する際、土壌の生態系が回復するまでに数年を要するため、その間の収量減少が農家の経営を圧迫するリスクがあります。

そして、世界における有機食品の市場規模は14兆円を超えたものの、日本国内における有機食品の市場は、欧米諸国と比べてまだ小規模です。消費者の間で有機食品に対する認知度は高まりつつあるものの、価格の高さが購入の障壁となっており、有機農産物の流通が限定的です。

日本の有機農業を後押しするもの

NHKのニュース・報道ドキュメンタリー番組『クローズアップ現代』では、化学肥料の高騰やその影響による日本の農業の危機に着目。そこから、化学肥料や農薬を使わない持続可能な農業として注目される有機農業の取り組みが広がりつつあるとして話題にあげています。

コメも野菜も…日本の農業に危機 注目集まる有機農業とは – NHK クローズアップ現代 全記録

化学肥料の高騰によって、肥料費の負担増加、値上がりによって使用量を減らさざるをえなくなったことによる収量の減少、資材の値上がりが続く中で価格転嫁ができずに経営が赤字に陥るなどの悪影響が取り上げられています。

有機農業には先述したような課題もあり、そう簡単には従来型農業から転換できるものではないものの、化学肥料や農薬を用いないことや環境問題への意識が高い若年層の間で新たな農業の形として有機農業への関心が高まっていることもあり、市場規模拡大への期待が高まっています。

近年、日本政府は有機農業の支援に向けた政策を打ち出しており、「みどりの食糧システム戦略」を策定しました。現時点(2020年のデータ)では、日本の農地に占める有機農業の割合はわずか0.6%で、これは欧米諸国やアジアの一部の国々と比較してもかなり低い水準となっています。そのため政府は2050年までに有機農業の耕作面積を現在の0.6%から25%に拡大することを目標としています。

なお、農林水産省のウェブサイト「みどりの食糧システム戦略トップページ」内にある『みどり戦略施策活用ガイドブック(令和6年1月版)』には、農業者向けに、設備投資の際の所得税・法人税が優遇される認定制度「みどり認定」を受けるための条件や支援措置の内容が記載されています。気になる方はぜひご覧ください。

みどり戦略施策活用ガイドブック(令和6年1月版)

 

 

世界の有機農業

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本記事ではアメリカと中国に着目します。

アメリカは世界最大の有機食品市場を持つ国です。有機食品の市場規模は、2020年には500億米ドル(2024年8月下旬のレートで約7兆2000億円)を超えており、今後も成長が見込まれています。またアメリカでは、有機農業に対する消費者の需要が非常に高いといわれています。食品中の残留農薬や抗生物質を避けたい、環境に配慮した農業をサポートしたいという意識が、消費者が有機食品を選ぶ理由としてあげられています。

アメリカ・カリフォルニア州は有機農業の中心地として知られています。カリフォルニア州は気候が比較的乾燥しているため、病害虫の発生が少なく、大規模な有機農業が可能です。有機農業の規模が大きいため「大規模単作有機農業」とも呼ばれています。

大規模単作有機農業は、化学肥料や農薬を有機質肥料や有機認証農薬に置き換え、認定基準を満たす形で行われていますが、環境保全的な観点から見た時に必ずしも理想的とは言えない部分もあるとされ、一部ではこのような有機農業の「慣行化」に対する抵抗運動が行われています。

「Real Organic Project(本当の有機プロジェクト)」と呼ばれる運動では、土壌の健全性や生物多様性を重視した伝統的な有機農業を推進しています。ウェブサイトを見てみると、こんな1文が書かれています。

USDA Organic has Lost its Way
We refuse to let Big Ag define what it means to be ‘organic’. We grow food in the soil, not hydroponically. We raise livestock on pasture, not in confinement. As we lose trust in the USDA, Real Organic remains exactly what organic was always intended to be.

USDA(アメリカ合衆国農務省)は迷走している
私たちは、大規模農業に「オーガニック」とは何かを定義させることを拒否します。
私たちは水耕栽培ではなく、土で食べ物を育てます。
私たちは家畜を閉じ込めるのではなく、牧草地に放牧します。
私たちがUSDAへの信頼を失っても、本当の「オーガニック」はオーガニックが元来意図したものであり続けます。

引用:Real Organic Project

中国は、有機農業の生産面積や市場規模で世界有数の地位を占めています。実際には、農地全体に占める有機農地の割合はまだ低いものの、中国には広大な農地があります。今後、有機農業が大きく成長する可能性は大いにあります。

また中国には有機農業以外に、「緑色食品」や「無公害農産物」と呼ばれる食品安全認証があります。「緑色食品」は、環境負荷の軽減や食品安全を目的とした減農薬基準です。認証取得のコストは有機認証よりも低く、幅広い農家が利用しています。「無公害農産物」は食品の安全性の底上げを目的とした認証制度で、認証基準は最も緩やかです。

中国において有機農業は、主に富裕層や知識層をターゲットにしています。消費が特定の層に偏っていることから、国民全体に普及するのは時間がかかると考えられているものの、国内市場のみならず、輸出に力を入れていたり、政府の政策的支援があったりと、市場の成長も加えて、今後拡大することが見込まれます。

世界各国では、有機農業の大規模化と産業化が進む一方で、伝統的な農法や地域社会との結びつきを守る取り組みが重要視されています。特に、アメリカや本記事で取り上げなかったEUでは、大規模農家による有機農業の産業化が進んでおり、これに対する反発も広がっています。

日本でも、農家の高齢化や担い手不足、耕作放棄地の増加を解消すべく、決して有機農業に限定したものではありませんが、農地の集積・集約化が進められています。世界各国の動きをふまえると、有機農業を発展させるために、単に有機農業の面積を拡大するだけでなく、地域の特性や文化を尊重しながら発展させることが求められる、といえます。

 

参考文献:農山漁村文化協会編『現代農業2023年11月号』p.238〜259(農山漁村文化協会、2023年)

参照サイト

(2024年8月26日閲覧)

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