農林水産省の資料によると、「中干し」は、「土壌を還元から酸化状態に切り替えるため、土壌と大気を遮断している水を一旦切って土壌を乾かすこと」とあります。季刊地域 No. 53 2023年春号に掲載されている「環境保全型農業直接支払『長期中干し』にもの申す」では、以下のように解説されています。
中干しとは、イネの茎(分けつ)が繁茂して、これから茎の中で穂づくりが始まろうとする時期に田んぼの田面を干すこと。
引用元:「環境保全型農業直接支払『長期中干し』にもの申す」季刊地域 No. 53 2023年春号 p.68(農山漁村文化協会、2023年)
中干しの効果
中干しを行うことで得られる効果には以下のものがあげられます。
- 土壌中に空気を入れて根の生長を促進する
- 根の活力を高め、根の倒伏や耐候性を高める
- 大型収穫機械を田んぼに入れるための地耐力を高める(作業性を高める)
- 土壌を還元から酸化状態に切り替えることで、有害ガスの除去につながる
- アンモニア態窒素の供給を抑制することで、イネの茎が過剰に増えるのを抑える
中干しを行う際の注意点
中干し作業が重要な行程になるかどうかは、田の土壌タイプによって異なります。
「強グライ土」と呼ばれる土壌は、「グライ土」(年間を通じて地下水に飽和されている排水不良の土壌※1)の中でも排水状態の著しく不良なものを指します。「強グライ土」のような地下水位が高く、水の縦浸透が悪い、いわゆる湿田(年間を通して作土層が常に最大用水量以上の水分を含む※2)では、中干しの必要性は高いといえます。
一方で、グライ土や黒ボク土といった半湿田〜半乾田では軽い“田干し”が、透水性の優れた乾田では中干しは実施しないか、弱めの“田干し”が適当になります。
軽い“田干し”、弱めの“田干し”は、土の表面が乾かない程度に落水することです。
なお、冒頭で紹介した農業誌「季刊地域 No. 53」によると、土地改良(暗渠施工)や転作等の影響で、全国的に乾田化しており、湿田が多かった頃に比べると、強い中干しが必要な面積は減少傾向にあるのだとか。
また近年、作業性を重視した中干しで、大きな亀裂をつくるような状況が見受けられます。必要以上に土を乾かしてしまうと、根を切断してしまったり、土壌の保水性を悪くしてしまったり、登熟期に水が行き届かなくなる場合も考えられ、玄米の品質に悪影響を及ぼします。登熟期に水不足が予想される地域では、土壌に亀裂が入ってしまうほどの強い中干しは避ける必要があります。
※1、2 出典:ルーラル電子図書館―農業技術事典 NAROPEDIA
中干し延期と長期中干し
「中干し延期」と「長期中干し」は、環境保全型農業に関連する話題に度々登場する用語です。その言葉が表す通り、中干し延期は中干しを遅らせることを指し、長期中干しは中干し期間を一週間程度延長することを表します。
なお、それぞれの目的は異なります。
中干し延期が目的としているのは「生物多様性保全」です。先で紹介した通り、中干しは田んぼの田面を干すことです。しかしその期間を延期することで、水生生物の保全に効果があるとされています。たとえば、トンボの羽化やオタマジャクシからカエルになる個体などを増やすことができると期待されています。
一方、長期中干しは「温暖化対策」を目的としています。
温室効果ガスの70%以上は二酸化炭素ですが、約14%を占めるメタンのうち、約1割が水田から発生していると考えられています。メタンは温室効果が二酸化炭素の約25倍もあるといわれています。水田に水を張ると土壌中の酸素が少なくなり、酸素が少ない条件(嫌気条件)でメタンを作る微生物によってメタンが発生してしまいます。
農林水産省の資料にもある通り、田んぼの田面を干すことで“土壌を還元から酸化状態に切り替え”、その期間を延長することでメタンガスの発生を防ぎます。
国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構によれば、中干し期間を一週間程度延長することで、コメ収量への影響を抑えながら、水田からのメタン発生を約30%削減したという結果が得られています。
中干し延期と長期中干しといった取り組みに対して、それぞれ交付金があります。
福井県と兵庫県は、中干しによる水生生物の死滅を防ぎ、生物多様性の保全に貢献することを目的として、平成24年度から地域特認取組として中干し延期を実施しており、交付単価は3,000円/10aです。
一方、長期中干しは2050年のカーボンニュートラル実現という目標に合わせ、農水省が策定した食糧生産の方針「みどりの食料システム戦略」の「現在普及可能な技術」にも登場しており、交付単価は800円/10aです。
中干しをしない事例も
先でも紹介した通り、土壌のタイプによっては中干しの必要性が高くない場合もあります。また、意図的に中干しをしない事例もあります。農業誌『現代農業』のウェブサイトで取り上げられていた事例では、「への字稲作」と呼ばれる栽培体系の中で中干しをしないという選択がなされています。
中干しをしないだけでなく、元肥も、除草剤や農薬による防除もしないことで、生物多様性が豊かになり、かえってそのことが病害虫による被害の減少につながったのでは、と記されています。
土壌タイプによって中干しの必要性に差が生じることからも伝わると思いますが、農業は耕作エリアごとの条件差によって栽培管理が難しく、試験管内などの人工的に構成された条件下や試験場内と実際の圃場とでは結果が異なることは決して珍しくありません。
そのため、中干しをするにしてもしないにしても、中干しを延期するにしても延長するにしても、土壌タイプだけでなくイネの生育状況や周辺環境もよく観察し、状況に合った栽培体系を施していくことが重要です。
参考文献:季刊地域 No. 53 2023年春号(農山漁村文化協会、2023年)
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