農作物に害をもたらす病原体は、自然界でそれぞれ特有の生活環を持ちながら棲息しています。これらの病原体が宿主植物に到達し、感染を引き起こす過程を「伝播」と呼びます。病気の発生は、病原体による伝播が生じ、病原体が宿主植物に定着することで起こります。そして病気は発病した個体から健全な個体へとしだいに広がっていきます。この一連の過程は「伝染経路」と呼ばれ、また病気の発生と病気が広がる仕組みを「発生生態」と呼びます。
病気の発生生態の理解は、病気が伝染する一連の流れを遮断し、的確な防除対策を立てることにつながります。そこで本記事では、伝染性の病原体に植物が感染するメカニズムについてご紹介していきます。
伝染源
伝染源は大きく分けて「第一次伝染源」と「第二次伝染源」に分類されます。
第一次伝染源
第一次伝染源とは、病気の最初の発生源のことを指します。病害防除の基本は、この第一次伝染源を特定し、取り除くことです。
汚染種子・罹病苗・球根・塊茎など
ウイルスや細菌、糸状菌などが種子や苗木に付着し、伝染源となります。特に種子内部に侵入した病原体は、種子伝染性病害を引き起こします。また、罹病した果樹の苗木や球根、塊茎は、種子以上に伝染源となりやすい特徴があります。
病害対策として「健全な種子を用いること」や「罹病した株はすぐに取り除き、ほ場の外へ持ち出して処分すること」があげられるのは、病気の最初の発生源を取り除くために他なりません。
土壌や前年に病気に罹った作物の残渣、枝梢
一部の病原体は、宿主植物が存在しない状況であっても土壌中で長期間生存し続けます。たとえば、リゾクトニア属菌やピシウム属菌などは、土壌中で生き残って翌年の伝染源となります。またリゾクトニア属菌などの菌核やピシウム属菌などの卵胞子、フザリウム属菌などの厚膜胞子などといった、越冬するための器官を作り出すものもいます。
さらに、病気に侵された作物残渣が圃場に残ると、それが翌年の伝染源となる場合もあります。果樹や茶の場合は、病気が発生した枝や幹で病原体が越冬し、伝染源となります。たとえばカンキツかいよう病菌の場合は枝や幼芽で、リンゴ黒星病菌は枝梢で越冬します。果樹や茶などの永年作物は、ウイルスに罹ると一生通して伝染源となるため、病気の発生には特に注意が必要です。
雑草など他の植物、昆虫
雑草や昆虫もまた病気の伝染源となります。一部の病原体は複数の植物を宿主とするからです。また、昆虫が媒介者となって伝染する病気もあります。ほ場周辺の雑草を除草することは、伝染源を取り除くだけでなく、媒介者となる昆虫が潜伏する場所をなくすことにもつながります。
第二次伝染源
第一次伝染源から、病原体が宿主に定着して発病が始まると、新たな伝染源が形成され、隣接する新しい葉や健全な個体へと病気が広がっていきます。これが「第二次伝染」です。
病原の種類によって広がり方は異なりますが、空気伝染(風媒伝染)や水媒伝染、虫媒伝染などがあります。
空気伝染(風媒伝染)
風を介して病原体が伝染します。一部の病原体が生成する胞子や菌糸は軽量で風に乗りやすいため、これらが風によって運ばれ、遠くにある健全な植物に到達して感染を引き起こします。
たとえば、麦類の黄さび病は、胞子が風に乗って広がることで、新たな植物に感染します。風によって運ばれるという特性上、伝染範囲は広く、予防や防除が困難な場合が多いものの、風を遮る防風林や物理的な障壁を設置することで伝染を軽減できる場合もあります。
水媒伝染
水を媒介として病原体が伝染します。雨や灌漑水、さらには水たまりなどに存在する病原体が、直接植物に付着することで感染を引き起こします。水媒伝染は、特に湿度が高い環境や多雨地域で発生しやすく、降雨によるしぶきや水流によって病原体が広がります。
たとえば、稲の紋枯病などは水田の水を通じて病気が広がります。また、雨が直接植物に当たると、病原体が葉の表面や傷口から侵入する場合があります。第二次伝染源を取り除くには、適切な排水管理や葉の水はけを良くする工夫が重要です。
虫媒伝染
昆虫が媒介することで伝染します。昆虫が病原体を体内に持ち、それを植物に伝染させることによって病気が広がります。特定の昆虫が特定の病原体を運ぶことが多く、たとえばイネの縞葉枯病や萎縮病はヒメトビウンカやツマグロヨコバイが媒介するウイルスによって引き起こされる病気です。これらの昆虫が植物に吸汁する際に病原体が他の植物に伝染します。
よってこの場合の防除には、昆虫の管理や防除が重要です。昆虫が活発になる時期には特に注意し、農薬による防除や、昆虫が好む植物の周囲に物理的な障壁を設けることが有効な対策となります。
病原体はどのようにして植物体内に侵入するのか
なお、病原体が植物に感染する際、さまざまな侵入経路から宿主体内へと侵入していきます。
植物が風雨や物理的な接触、農作業によって生じた傷口は、病原体にとって格好の侵入経路となります。植物の傷の有無は、病原体が植物体内に侵入するか否かに大きな影響を与えます。そのため、台風や強風などのリスクから植物が傷つかないよう注意する必要があります。
病原体は傷口以外からも侵入します。たとえば気孔や水孔といった自然開口部も侵入口になります。また菌類は、植物に傷や自然開口部がない場合には、付着器と呼ばれる体内に侵入するための器官を作り、細胞壁を突き破ることで侵入します。
ただし、病原体が侵入する=発病ではありません。確かに病原体は病気が発生する主因ではありますが、植物自体が生育不良の状態だったり、高温・多湿など、病気が発生しやすい環境条件にあったりといった要因が重なることで病気になります。
なので、病気を発生させないためには、先で紹介した第一次伝染源を早期に発見して対策することや、植物が傷ついたり、生育不良に陥ったりしないように注意すること、環境条件を整えることが重要です。
参考文献
- 夏秋啓子編『植物病理学の基礎』p.13〜16(農山漁村文化協会、2020年)
- 日本植物防疫協会編『農薬概説2021』p.191〜(日本植物防疫協会、2021年)