農業従事者の高齢化や農業就業人口の減少は、日本の農業の課題となっています。一方、大量離農の裏では、農家や農業法人のもとに離農により作付が行われなくなった農地が集まる、経営規模の拡大が進んでいます。しかし農地が集約されても労働力には限りがありますから、農作業の省力化や効率化をはかることは必須と言えます。
経営規模が大かろうと小さかろうと、人手不足の農業界において農業生産や経営の効率化は欠かせません。そこで注目を集めているのが「カイゼン」です。
カイゼンとは
生産現場の効率や安全性の確保を見直す活動の一環を指します。特徴は、現場の作業者が中心となり、知恵を出し合うこと。トップダウン式の改善と区別するために、カタカナで表記されています。
引用元:窪田新之助、山口亮子、『図解即戦力 農業のしくみとビジネスがこれ1冊でしっかりわかる教科書』22ページ、2020年7月3日、株式会社技術評論社
トップダウン式の改善とはすなわち、 誤りや欠陥などを是正し、より良い状態にする「改善」を指します。ここでご紹介する「カイゼン」は「改善」の意味とは異なるため、カタカナで表記されています。
どんなメリットがあるのか、どう実施すればよいのかを説明する前に、まずはカイゼンの取り組み事例をご紹介します。生産や経営においてどんな課題がカイゼンされ、どんな成果を生み出したのかを知れば、カイゼンが注目を集める理由がわかるはずです。
カイゼンの取り組み事例
ここでは「鍋八農産」(愛知県)と「阿部梨園」(栃木県)の事例をご紹介します。
コメや麦、大豆などを生産する農業生産法人である鍋八農産は、トヨタ自動車からカイゼンの手ほどきを受けました。課題とカイゼン事例をまとめると以下のようになります。
- 何千枚と紙に記録されてきた田んぼの台帳や作業日報等のデータ化
→データ化することで無駄な作業や短縮できる作業を洗い出し、効率化をはかる。 - 置き場所が決まっていなかった農機や草刈機等を決められた場所に整理整頓
→場所を決めることで探す手間がなくなる - 農機や草刈機等を使用した作業者が使用日や使用者名、機械の状態等をソフトに記録
→作業者に機械を使用する責任感を与えるだけでなく、機械の状態を事前に確認できる
作業時間の管理やデータ化により、従業員の作業量や残業が減るだけでなく、今まで勘と経験に頼っていた施肥のタイミング等の生産に関わる分野でも、データ化により最適な時期がわかるようになり、生産性の向上につながっています。
阿部梨園は、外資系化学メーカー大手デュポンに勤めていた佐川友彦氏が、栃木県内の企業のインターンシップを紹介しているNPOを通じて阿部梨園に加わったことからカイゼンが始まりました。
佐川氏が加わる前の課題と彼がもたらしたカイゼン事例はとてもシンプルで、どんな農家であっても取り入れられるものばかりです。まとめると以下のようになります。
- 梨を入れたコンテナの数で把握していた収穫量を、重量計測に変え、エクセルで管理
→梨を入れたコンテナが常に同じように満タンになるとは限らないため。重量計測に統一することで曖昧だった収穫量を明確化できる - 梨の木にIDを振り、縦軸に数字、横軸にアルファベットを振った梨の木の配置図を作成
→それまで梨の木に問題が発生する度、「畑の左奥から何番目」というような指示しか出せなかったが、IDが降られたことで、問題が発生しても位置を共有しやすくなった - 手書き、かつ作業時間や内容がざっくりとしか管理されていなかったスタッフの勤怠管理を、仕事内容を1時間単位で記した指示書と時間軸で何をしたのか記入できる日報を用意し提出を義務付けたこと、またクラウドサービスを活用することで管理
- 封筒に現金を入れて手渡ししていた「現金払い」のスタッフへの謝礼に「給与明細を出すようにしましょう」と提案
→給与明細が出るようにすることで、互いに授受を証明することができる
その他にも作業や会計の手間を減らすために「直売の個別対応をやめる」、白紙にフリーハンドで受けていた注文を「注文票で対応する」などがあります。
カイゼンのメリット
上記のカイゼン事例を見てもわかるように、メリットはムダを徹底的に排除できることです。
例えば上記にある“白紙にフリーハンドで受けていた注文を「注文票で対応する」”は、「注文票を用意するところに手間がかかるのでは?」と考える人もいるかもしれません。しかしそれまで白紙にフリーハンドで注文を受けていたことで、ある注文だけ電話番号等連絡先の記載がない、注文を書き残した字を他のスタッフが読み取れないなどの事態が発生していたとあります。「注文票を新しく作る」手間よりも、統一されていないフォーマットでの注文にスタッフが毎回戸惑う手間のほうが排除すべきムダと言えます。
やり慣れた方法でやり続けるのは確かにラクですが、「カイゼンできないか?」と考え、実施することで、時間やエネルギーの節約につながるのです。
カイゼンしてみよう!
カイゼンに必要なのは、仕事への向き合い方を変えること。
カイゼンは農家や農業法人、企業だけでなく、個人レベルでも役立ちますが、実施する際には、主軸となる考えがブレないよう心がけましょう。カイゼンのメリットに“ムダを徹底的に排除できる”とあげましたが、これはあくまでもメリットであり主軸ではありません。
主軸は「仕事(または業務など)への向き合い方を変えること」だと覚えておいてください。
カイゼンを実施する際は
- 常に自分の仕事に対してよりよい方法がないか探す癖をつける
- 効率化する方法が見つかったら時間をかけて吟味する
- 適用できそうなら時間節約等になるかどうか試してみる
- チームで仕事を行っているのであれば、メンバーにフィードバックを求める
- これらを繰り返す
の流れがポイントです。
カイゼン課題は人それぞれ違いますが、「よりよい方法がないか探す」はどのような業務内容であっても重要です。もっともこれはPDCA(Plan→ Do→ Check→ Act)サイクルの流れによく似ていますね。
またカイゼン事例で紹介した内容で「IT」を活用したものばかりが目につくかもしれませんが、ITはあくまでも仕事への向き合い方を変えるための道具に過ぎません。ITを導入するからカイゼンが進むのではなく、カイゼンする上でIT活用が役立ったというだけです。このことも忘れないようにしましょう。
カイゼンの詳細な事例が気になる人は、ぜひ阿部梨園の事例や農林水産省の成果集(一部コンテンツは閲覧の際、会員登録が必要)に目を通してみてください。
参考文献
- 窪田新之助、山口亮子、『図解即戦力 農業のしくみとビジネスがこれ1冊でしっかりわかる教科書』、2020年7月3日、株式会社技術評論社
- スマホが農業を変える?(上)トヨタが本気で取り組む農業のカイゼン(THE PAGE)- Yahoo!ニュース
- 川内イオ、『農業新時代 ネクストファーマーズの挑戦』、2019年10月20日、株式会社文藝春秋
- 生産性向上哲学「カイゼン」を、自分の仕事に取り入れる方法|ライフハッカー(日本版)