温泉水や温泉熱を利用した農業生産が行われている地域があります。温泉を活用することで化石燃料を使用しない農業生産は、コスト削減につながるだけでなく、環境への配慮や地域経済の活性化にもつながります。温泉水や温泉熱によって温められることで、温暖な地域で栽培されている作物の生産も可能になります。
ゼネラルヒートポンプ工業株式会社が公開する「温泉排湯利用ヒートポンプシステム」によると、通常、かけ流し温泉の排湯は川などに放流されますが、このシステムでは排湯を排湯槽に貯めるなどしてヒートポンプの熱源として利用します。たとえば温泉リゾートなどでこのシステムが利用される場合、温泉排湯熱と地中熱がヒートポンプの熱源となり、その熱は温泉昇温や冷暖房、給湯、床暖房などに利用されています。
農業分野においても、ハウス内に敷かれた配管に温泉水を利用した温水を流したり、温泉熱を利用したヒートポンプを活用したり、さまざまな事例があります。
温泉の活用事例
たとえば大阪府の包装資材メーカー「メイワパックス」が取り組んでいるのは、温泉熱と情報通信技術(ICT)を活用したイチゴの栽培です。イチゴの根元に敷かれたプラスチック製の配管に温泉水と地下水を混ぜて水温を安定させた水が流れ、イチゴの株元が温められます。この熱で花芽分化や開花を促します。化石燃料を使用する暖房設備がいらなくなり、同社の試算では9割の燃料代を削減できるといいます。
雪国で熱帯植物を栽培する事例もあります。岐阜県北部の奥飛騨温泉郷には、温泉熱を利用して生産を行う「奥飛騨ファーム」があります。バナナやコーヒーといった熱帯植物を栽培しており、温泉熱とLED照明を組み合わせて室内の温度を一定に保っています。農業生産法人「FRUSIC(フルージック)」は同じく奥飛騨の温泉熱を利用してアセロラとドラゴンフルーツを栽培しています。
奥飛騨の温泉熱は以前から床暖房や雪を溶かすために利用されてきました。ハウス栽培においては、温泉熱で真水を温め、適正な温度に調節後、地熱管理に利用されます。
なお、飛騨高山観光公式サイト内の「FRUSIC(フルージック)」代表取締役、渡辺祥二氏へのインタビューによると、奥飛騨温泉郷の日照量や標高1,000m近い環境で生じる強い寒暖差はドラゴンフルーツの生育や品質に適していた、とあります。
温泉水の成分を活用した事例も
富山県の「庄川おんせん野菜」は、庄川清流温泉の源泉水を使って育てられた野菜です。ナトリウムやカルシウム、マグネシウムなどを含む源泉水を肥料として活用しています。
江崎一子他『温泉水を利用したトマト水耕栽培における作物体の品質に関する研究』(別府大学紀要 第51号、2010年)では、野菜の生育に適した温泉水を用いてトマトの水耕栽培を行い、生育やミネラル含量、味覚に及ぼす温泉水の効果について述べられています。
その結果、温泉水を用いた水耕栽培のトマトと土壌栽培のトマトでは外観上の違いは認められず、果実中の無機成分含量は、土壌栽培と比較するとリン酸、カリウム、ナトリウム、マグネシウムが豊富に含まれた一方で、カルシウムと鉄は低値となりました。味覚については、味覚センサーによる分析結果は、温泉水を用いたトマトの方が、塩味、渋味、刺激、酸味にわずかな違いが見られたものの、官能検査では違いが認められませんでした。
温泉水を活用してミネラル豊富な野菜を栽培することができれば、地域資源の活用、健康増進への寄与などが期待できます。「庄川おんせん野菜」はその最たる事例ともいえます。
温泉水を稲作に利用する研究もあります。佐藤俊彦他『温泉水を利用した水田稲作における稲の成育と品質に関する研究』(別府大学紀要 第52号、2011年)では、温泉水が水田稲作に適用できるかどうか、稲の栽培試験が行われました。稲の生育状況や稲のミネラル含有量を測定し、効果を検討しています。ミニ水田、水槽といった小規模な場での生育ではありますが、弱アルカリ性単純温泉水を用いた栽培稲作は、通常の農場水田稲作と同様の成育を見せ、稲のモミに含まれるミネラルは、温泉水栽培の方がわずかにカリウムが増加し、その他のミネラルには差が認められない、といった結果となりました。
ただし、硫黄や鉄は植物の成長を阻害することが知られており、酸性や鉄成分を含む温泉水は水耕栽培には不向きとされています。温泉水の泉質によっては、生育やミネラル含有量など、結果が変わることが推測されます。
温泉活用のデメリット
温泉水、温泉熱を利用する際、温泉の泉質によっては熱交換システム内に腐食等が生じ、温水が詰まることがあるため、泉質に応じた仕様にする必要があります。
加えて、地震の発生や周辺での温泉採掘等が行われた場合の影響が挙げられています。地震等に対応できるよう、緊急事態への備えとして化石燃料を使用するボイラーを併設する施設もあります。
とはいえ、先で紹介した温泉水を利用した水田稲作の研究では、その結果から“水田に温泉水が流れ込んでも稲の成育を全く阻害するものでないことが明らかになった”ともあります。温泉地数・源泉総数が世界一の日本において、農業分野における今後の活用に期待が高まります。
参考文献
- 温泉排湯利用ヒートポンプシステム
- 温泉イチゴ、燃料代9割減 源泉引きICTで管理 大阪の資材メーカーが鳥取市で
- 温泉熱とLED照明で「熱帯植物工場」、雪国でもバナナやコーヒーを栽培できる:スマートアグリ
- 「東京バナナ」ならぬ「奥飛騨バナナ」?-温泉蒸気を利用した「バナナ苗」栽培 – 飛騨経済新聞
- 奥飛騨の温泉熱が生んだ奇跡 完熟ドラゴンフルーツで目指すは地域の新たな価値創造
- INTERVIEW05:農林水産省
- 温泉熱の有効活用にむけて 環境省
- 「温泉熱の有効活用に関するガイドライン」 について
- 温泉水使い野菜栽培 柴田さん
- 庄川おんせん野菜/庄川峡観光協同組合|砺波市認定となみブランド|
- 温泉水を利用したトマト水耕栽培における 作物体の品質に関する研究
- 温泉水を利用した水田稲作における 稲の成育と品質に関する研究