昨今、世界各国で多様な広がりを見せている有機農業ですが、環境保全の面でその在り方が問われています。そんな中、環境保全的かつ農業資源管理を担う持続可能な農業技術に注目が集まっています。
本記事では、気候変動に対応する農業の形として期待が高まるClimate Smart Agriculture、そして「自然農法」と、気候変動下の栽培に係る研究成果についてご紹介していきます。
気候変動に対応する農業の形
2015年のパリ協定(第21回気候変動枠組条約締約国会議:COP21)以降、農業資源管理において食料安全保障のみならず、気候変動緩和と適応の視点も重要視されています。そこで提唱されたのがClimate Smart Agricultureです。
Climate Smart Agricultureは気候変動の緩和と適応をする農業システムを指し、温室効果ガスの吸収源機能を最大限に発揮させる農地管理手法には以下のものがあげられます。
- 不耕起栽培を含む耕うんの休止
- カバークロップの導入
- 作物残渣マルチの利用
- 多年性作物等との輪作
- コンポストやバイオ炭の利用 など
なお、小松﨑将一『有機農業と環境保全:特別栽培から持続型農業の本流としての有機農業へ』(有機農業研究vol.10 No.1、2018年)で、著者は不耕起栽培・草生栽培といった有機農業技術が日本型のClimate Smart Agricultureにつながると注目しています。
不耕起栽培・草生栽培はいわゆる「自然農法」を指します。
自然農法では耕うん作業や有機質肥料の投入は極力抑えられ、雑草などの植生を活かして農作物の栽培が行われます。雑草を資源化し、有機物の土壌蓄積を高める自然農法は、農地に安定した生態系を形成するといわれています。
Eri Matsuura、Masakazu Komatsuzaki、Rahmatullah Hashimi『Assessmentof soil organic carbon storage in vegetable farms usingdifferent farming practices in the Kanto region of Japan』(Sustainability 10 : 152、 2017年)によると、不耕起栽培に刈った草葉などの有機物被覆を行うことで収穫量が向上され、耕うん栽培と同等の収穫量が確保できるといわれています。加えて、農産物あたりの温室効果ガス発生量を、化学肥料を用いた慣行栽培と比較した際、自然農法に優位性がみられることも報告されています。
食料安全保障のみならず、気候変動の緩和と適応にも目を向ける必要性が生じている現代にいて、従来の慣行栽培とは異なる栽培体系をもつ「自然農法」に、今後注目が集まることとなりそうです。
気候変動下の栽培に係る最新研究
2023年4月4日、国際農研や農研機構らの共同研究グループが、二酸化炭素濃度が高い環境下でイネを増収させる「コシヒカリ」由来の遺伝子を発見した、と発表しました。「コシヒカリ」から同定されたのは、稲穂の基となる「腋芽」の生長を促し、穂数の増加に働く遺伝子「MP3」です。
研究の背景
イネの収量は「草型」と呼ばれる形態が影響しており、その草型には「穂数型」と「穂重型」があります。
「穂数型」は穂を多く生産することで収量を確保し、「穂重型」は穂は多くありませんが、1つの穂に多くの籾を生産することで収量を確保します。なお、「コシヒカリ」は「穂数型」です。
国際農研が公開した資料の概要文には以下のように記されています。
穂重型品種の一穂籾数(ひとほもみすう)をこれ以上増やすことは難しいですが、穂数を増やすことで総籾数をさらに増加させたイネを育成する余地はあります。そして、植物の光合成の促進が期待される将来の高CO2環境では、増加させた籾を十分に実らせ、生産性を高められる可能性があります。
研究の内容
同資料には、「コシヒカリ」から同定された遺伝子MP3は「すでに知られている遺伝子OsTB1/FC1のこれまでに報告されていない遺伝子型」とあります。OsTB1/FC1は穂の基となる「腋芽」で働き、腋芽の伸長を抑制する役割を担っています(腋芽:葉の付け根にできる芽)。
「コシヒカリ」のMP3は腋芽の伸長抑制の程度が緩やかであり、それにより、腋芽の伸長が生育初期から促されることで、穂数増加につながっていることが分かりました。
一方で「穂重型」の多収品種である「タカナリ」のMP3は腋芽の伸長抑制の程度が強いことから、「タカナリ」のMP3と「コシヒカリ」のMP3を入れ替えた株を育成したところ、一つの穂に対する籾数は従来の「タカナリ」と比べてほとんど減少しなかったうえ、穂数が20〜30%増加し、総籾数が20%増加しました。
そして本記事のメインとなる気候変動下での生育に係る研究成果ですが、この「コシヒカリ」のMP3へと入れ替えた「タカナリ」は、大気中の二酸化炭素濃度を現在より約200ppm高い約580ppmに増加させた水田環境で栽培した際、玄米収量が従来の「タカナリ」と比較して、1ヘクタールあたり8.1トンから8.6トンと約56%多い収量を得ることができました。
世界的な気候変動が進行する中、この研究成果により、大気中の二酸化炭素濃度が上昇した中でもイネが安定的に生産できることが期待されています。
参考文献