農林水産省が2021年3月に発表した「農業DX構想」は、農業者の高齢化やそれに伴う後継者不足、労働力不足といった課題を抱える日本の農業において、デジタル技術を活用することで効率の高い農業経営を実現することを目標に掲げています。
以下、農林水産省による農業DX構想の意義と目的についての記述です。
農業者の高齢化や労働力不足が進む中、デジタル技術を活用して効率の高い営農を実行しつつ、消費者ニーズをデータで捉え、消費者が価値を実感できる形で農産物・食品を提供していく農業(FaaS: Farming as a Service)への変革の実現
参照元:食料・農業・農村基本計画:農林水産省
2024年2月に「農業DX構想の改訂に向けた有識者検討会」が開かれ、世界的にコロナ禍の対応に追われる中、ロシアによるウクライナ侵攻などによる食料供給の不安定化の加速、生成AIやWeb3といった新たなデジタル技術が登場するなどIT技術開発の進歩といった世界情勢の変化をふまえ、「農業DX構想2.0」へとアップデートされました。
そこで本記事では、アップデートされた「農業DX構想2.0」に着目し、2024年における農業DX構想の現状、そして2025年以降に期待されるものについてご紹介していきます。
なお、DXとは「デジタルトランスフォーメーション(digital transformation)」の略称で、意味は以下の通りです。
IT(情報技術)が社会のあらゆる領域に浸透することによってもたらされる変革。2004年にスウェーデンのE=ストルターマンが提唱した概念で、ビジネス分野だけでなく、広く産業構造や社会基盤にまで影響が及ぶとされる。デジタル変革。DX。
出典元:小学館 デジタル大辞泉
DXによる省力化が今後の農業に必須となる理由
周知のとおり、日本の農業は、人口減少と高齢化の進行、農業従事者の減少という深刻な課題に直面しています。基幹的農業従事者の半数以上が70歳以上であり、20年後の担い手となる50代以下は現在の2割ほどしかいません。この状況を打開し、持続可能な農業を実現するには、DX技術の導入が不可欠です。
2024年6月に施行された、日本の農業政策の基本方針を示す「食料・農業・農村基本法」の改正法では、食料安全保障の強化や省人化、地域コミュニティの維持が重点課題に挙げられていますが、DXは特に省人化や地域コミュニティの維持といった目標達成に直結するものです。
デジタル技術により省力化と効率化を図ることで、限られた人材で高い生産性を維持すること、技術の活用によって農業所得を向上させることで、農業への参入障壁を下げることができます。若い世代や異業種からの参入を促すことにつながり、農村地域の活性化にも寄与します。
持続可能な農業の実現には、DX技術による労働力の省人化、生産性向上、地域活性化が不可欠であり、未来の農業を支える基盤として早急な導入が求められているのです。
農業DX構想の現状
令和6(2024)年2月に、農業DX構想の改訂に向けた有識者検討会が開かれました。そして2021年に策定された「農業DX構想」を「農業DX構想2.0」へ改訂する方針を示しました。
現場ではすでに、スマート農業機械や経営・生産管理アプリが一部の農業者に普及しています。たとえば、収量センサー付きのコンバインやAIによる病害虫診断アプリ、自動化農業システムなどがあげられます。農薬の使用基準をアプリで簡単に確認できる仕組みやセンサーやカメラなどを用いた環境モニタリングシステムは生産効率の向上に寄与しています。
しかし、デジタル化を進める中での課題もあります。スマート農業機械の導入コストや、デジタル技術に精通した人材の不足、そしてデータを活用した農業経営体数の少なさなどが課題として挙げられています(なお、令和5(2023)年農業構造動態調査によると、データを活用した農業を行っている農業経営体数は26%)。
とはいえ、IT技術開発が進歩を続ける昨今、デジタル技術が人々の生活に身近な存在となり、それらの技術が様々な課題の解決につながっていることから、農林水産省は「農業DX構想2.0」の中で、デジタル化に取り組むハードルを「入り口のひと山」と表現したうえで、こう記述しています。
ここ数年で、この「入り口のひと山」は着実に低くなっており、そこを越えるための支援や情報もますます充実している。
引用元:農業DX構想2.0
また、生まれたときからデジタル技術や機器に囲まれ、デジタル技術とともに育った「デジタル・ネイティブ」と呼ばれる世代によって、次世代の農業がより魅力的な産業になることが期待されています。
デジタル田園都市国家構想との違い
農業DX構想に似た言葉に「デジタル田園都市国家構想」がありますが、目的や対象範囲に違いがあります。
本記事で取り上げている農業DX構想は農業に特化しており、生産現場から流通・消費、環境問題への対応まで、農業全体を網羅する取り組みです。一方、デジタル田園都市国家構想は地域全体が対象で、農業以外の産業やインフラ、住環境を含めた総合的なデジタル化を目指します。
農業DX構想とデジタル田園都市国家構想のデジタル技術活用事例にも違いが見受けられます。農業DX構想の場合、作物の生育予測や適切な追肥時期を提案するアプリ、収穫ロボットなどの技術導入が推進されています。一方、デジタル田園都市国家構想では、農村部の通信インフラの整備や、地域全体でのデジタル技術活用による課題解決が焦点となります。
活用されるデジタル技術には重なる部分ももちろんありますが、目的や対象が農業か地域全体かに違いがあると捉えると、それぞれの構想が理解しやすくなります。
デジタル技術導入時の課題と対応
デジタル化に取り組むハードルが着実に低くなっているとはいえ、まだまだ課題はあります。
コスト負担の大きさについて
たとえば、スマート農業機械やICT機器の導入に初期費用がかかるといったコスト負担の課題は「農業DX構想2.0」でも引き続き取り上げられています。特に中小規模の農家にとっては負担が大きいものとなり、普及の妨げとなっています。
それでも、近年では無料で使えるアプリの登場やスマート農業機械を活用した農業支援サービス事業体が登場するなど、導入コストは低下傾向にあります。国や地方自治体による財政的支援、資金面での支援も用意されています。
デジタル技術を活用するための知識やスキルの不足について
また先述したとおり、デジタル技術に精通した人材の不足やデータを活用した農業経営体数の少なさなども課題となっています。新しい技術の導入に消極的な姿勢が見られる背景には、デジタル技術を活用するための知識やスキルが不足していること、データ活用の難しさなどがあげられます。
これらの課題を解決するために、国はデジタル化に関する施策や最新の研究成果、テック企業が提供する多種多様なサービスに関する情報を提供しています。
たとえば農林水産省が公開する「農業新技術_製品・サービス集」では、先進的な農業技術を紹介しています。以下の通り、多岐にわたって情報が公開されています。
- 経営・生産管理システム
- ロボットトラクター
- 自動操舵システム
- トラクター
- 田植機
- リモコン草刈機
- コンバイン
- アシストスーツ
- 農業用ドローン
- 水管理システム
- ほ場・施設環境モニタリング
- その他農産関係 等
なお、この情報公開サイトは現時点でモニター販売を含む販売や開発等が継続されているものがまとめられており年2回(7月、12月)程度の更新が予定されています。定期的に製品記事の一部変更・追加や関連製品の削除が行われていることから、比較的新しい情報を得やすいサイトといえます。
また、2017年4月に開設された「アグリサーチャー 農業研究見える化システム」には、約3万件の研究成果と約4千件の研究者情報が収録されています。省力化や新しい生産技術の活用といった情報に基づく研究成果や研究者を見つけることができます。調べたい分野や内容を選択していくことで知りたい情報へとアクセス可能です。
農業分野のDXは少しずつ前進している
デジタル技術の活用には、労働力不足や高齢化といった課題を克服し、効率化や収益向上を実現できる可能性があります。しかし、その道のりは平坦ではありません。導入コストや人材育成、通信インフラの整備といった課題はまだまだ残されており、それらの課題解決に取り組む必要があります。
とはいえ、これからの日本農業は、デジタル技術を通じて新たな成長モデルを構築し、地域社会と共に持続的な未来を築くことが求められているといえます。農業DX構想がもたらす可能性を最大限に活用し、持続可能な農業を実現していくことが大切です。
参考文献:事業構想大学院大学出版部編「月刊事業構想2024年7月号『一次産業のDXで農・林・水産の新事業』 」(事業構想大学院大学出版部、2024年)
参照サイト
(2024年12月10日閲覧)
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