環境負荷を軽減する農業のあり方が推進される中、病害発生やそのリスクを抑える化学的防除策の代替案として、生物的防除策が注目されています。
本記事では、その中でも土着微生物を利用した病害防除策について紹介していきます。
微生物と病害の関係について理解を深める
土着微生物の利用についてより理解を深めるために、李哲揆『様々な野菜を安定生産に導く微生物』(土と微生物 (SoilMicroorganisms) Vol. 76 No. 1 p.12-15、2022年)にて紹介されている例がとても役立ちます。
土壌中の微生物と病害の関係は、ヒトの腸内細菌と病気の関連に置き換えて考えることができます。
ヒトが食べたものの一部は腸内細菌によって分解され、吸収されます。腸内細菌の環境を整える方法としてプロバイオティクスとプレバイオティクスが知られています。プロバイオティクスは有用な微生物を腸内に導入する方法(例:ヨーグルトや発酵食品を食べるなど)で、プレバイオティクスはヒトに有用な腸内細菌にエサを与え、腸内細菌を活性化させる方法(例:食物繊維の摂取など)です。
植物が吸収する養分もまた、土壌中の微生物が分解することで作られます。またプロバイオティクス、プレバイオティクス的な方法で土壌中の微生物を制御することで、病害に強い農作物の生産が期待できます。
土着微生物を利用した病害防除策
プレバイオティクス的な方法としてあげられるのは土壌還元消毒法です。
土壌還元消毒では、土壌に小麦ふすまの他、低濃度エタノールや糖蜜などの有機物資材を加えて大量の灌水を行い、その後被覆資材で土壌表面を覆い、太陽熱で加熱しながら土壌を強制的に還元状態にすることで、土壌中の病原菌を死滅させる方法です。
土壌還元消毒法の原理、病原菌を死滅させるメカニズムの詳細は十分に解明されていませんが、土着の微生物群の働きが必須であること、土壌の還元化が必要条件となっていることが明らかとされています。
病原菌が死滅するのは単純な酸欠ではなく、還元化の過程で嫌気性(生育に酸素を必要としない)微生物によって作られる還元鉄やマンガン、有機酸などの成分によるものとされています。
プロバイオティクス的な方法としてあげられるのは生物的防除エージェント(BioControl Agent:BCA)と呼ばれるものです。
土壌が持っている発病抑止性には微生物が関与しています。そこで、数多く行われてきたのが、土壌から病害抑止に有効な微生物を分離して病害防除に利用する取り組みです。BCAとは、病原菌に対する防除に用いられる微生物を指し、Trichoderma、Bacillus、Pseudomonas、非病原性Fusariumといった一部の有用な微生物はBCAとして病害防除用の農薬として登録されています。
BCAを活用した微生物資材といえば、住友化学の菌根菌事業や京都大学発のベンチャー企業サンリット・シードリングス株式会社の土壌生物叢の動態分析があげられます。
京都府農業資源研究センターは成果情報にて、植物体内に生息する植物内生菌(Enterobacter cloacae SM10株)によるホウレンソウ萎凋病への発病抑制効果が認められたこと、SM10株がキュウリ、ナスなどの主要農作物に対して病原性や生育抑制を示さないことから実用的なBCAになりうることを報告しています。
肥料の節約にも役立つ
農研機構は菌根菌の活用によるリン酸肥料が節約できることを紹介しています。
植物に共生する微生物でもっとも普遍的なものとしてあげられるのが、根に共生するアーバスキュラー菌根菌(以下、AM菌)です。これはカビやキノコの一種(糸状菌)で、土壌中に菌糸を張り巡らせ、土壌中のリン酸やミネラルを吸収して植物の根に与える代わりに、植物から光合成で合成した糖を受け取ることで共生しています。
AM菌の多い圃場ではリン酸や水の吸収が促進され、これらが少ない圃場に比べて作物の生育が改善されます。農研機構のプロジェクトによると、AM菌が共生する植物の跡地(宿主跡地)では、ダイズを生産する際のリン酸施肥量を標準から3割減らしても収量の低下傾向が見られなかったことを報告しています。もともとの土壌リン酸レベルが低い場合や非常に多収が想定される場合など、条件によっては宿主跡地であってもなくても減肥を避けた方がいい場合もあると記されていますが、AM菌の活用で価格が高騰する肥料の節約につながることが期待されます。
微生物活用の注意点
冒頭で紹介したヒトの腸内細菌と病気の関連を考えるとより理解しやすいと思いますが、土着微生物を活用することで得られる効果は即効性のものではありません。また活用する微生物が有用な効果を発揮するためには、目的の微生物が生育できる条件を確保することが重要です。
一般的に微生物が活性化する土壌温度は20〜40℃程度であることから、冬季に土着微生物を農作物のために適用するのは困難です。また土着微生物のための環境条件を確保するために労力を必要とします。たとえば有用な微生物が好気性(生育に酸素を必要とする)の場合、それらの活動を活性化させるためには、土壌中に空気を供給するために、土壌を撹拌するなどの作業が必要になります。
また微生物を活用する際、おさえておきたいのがすでに棲息している微生物の強さです。海見悦子・高橋栄二・橋口大介・藤原和弘『微生物資材の産業活用ーその現状と将来展望ー』(資源と素材 Vol.122 p.1-11、2006年)に重要な点が記載されていたので以下に引用します。
一定の安定した開放環境では、その場に最も適した微生物群が生息しており、緩衝力があるため、よほど強烈な撹乱を受けない限り、全体的に外部ストレスに対して抵抗力、復元力が大きいことが知られている。このため、ある微生物を単に特定の環境に導入してもその微生物が生残増殖する可能性はきわめて低い。すなわち、在来微生物群が安定して存在する環境に微生物資材を投入しても、その場の微生物群集構造を大きく改変し、目的の微生物を期待通りに働かせることは容易ではない。
土着微生物を活用することで、環境負荷を抑えながら病害発生やそのリスクを抑えることが期待できますが、ピンポイントで効果を発揮する化学的防除法とは異なる点も把握しておく必要があります。
参考文献