土壌改良に微生物を活用する際に知っておきたい生態については前編をご覧ください。
微生物の生態を利用した土壌改良方法
土壌中の病害虫を取り除くための方法として、農薬などを利用した土壌消毒が一般的かと思いますが、微生物を活用することで、土壌病害の主な原因である病原菌をやっつけるだけでなく、土壌の状態を整えることができ、結果的に農作物がもつ病害への抵抗性を高めることにもつながります。
微生物を活用するとはいえ、流れとしては「土壌還元消毒」と呼ばれる、微生物のエサとなる有機物と水を大量にまき、土壌中を還元状態(ある物質が酸素と結びつく、あるいは水素を奪われる「酸化」とは逆の状態)にして、酸素を必要とする病原菌を死滅させる方法に似ています。
従来の土壌還元消毒と異なる点は、大量の有機物と水を畑にまくのではなく、土壌改良に有効な微生物を投入時期をずらしてまくことで、病原菌を死滅させるだけでなく、土壌中のpHや物理学的特性をも整えることができるというところです。
忘れてはいけないポイント
今回ご紹介する有効微生物は
- バチルス菌(枯草菌)
- 乳酸菌
- 放線菌
です。
そして、投入する順番は「バチルス→乳酸菌→放線菌」です。
具体的な効果は以下で説明しますが、成功させるポイントは、それぞれの微生物の特性を知り、各微生物にとって最適な環境になるように水分や温度を調節することです。
バチルス菌
バチルス菌の役割は
- 病原菌の殺菌
- 土壌の物理学的特性を整える
です。
簡潔に流れを示します。
- 作物残渣、元肥、バチルス菌資材を畑に投入し、耕す
- バチルス菌のエサとしてアミノ酸液肥を加える
- フィルムなどで被覆し、水分が逃げないようにする
従来の土壌還元消毒では、有機物とともに水をまきますが、この方法では1,の後に畝を立て、
- 土を握ったとき、形が崩れない
- かつ、そこから水が出ない
程度の水分量を保ちます。
水分が逃げないように覆うと、バチルス菌の生育が旺盛になったとき、その発酵熱で内部がサウナ状態になります。バチルス菌は高温に強いため、耐熱性のない病原菌だけが殺菌されていきます。
バチルス菌の働きにより団粒構造が形成され、土がふかふかになります。
バチルス菌のエサであるアミノ酸液肥は、従来の土壌還元消毒でよく用いられる米ぬかよりも早く分解されるため、スムーズに次の行程に進むことができます。なおエサがなくなったバチルス菌は芽胞(増殖に適さない環境になった際に形成する特殊な細胞構造。熱や乾燥などに強い)となり、休眠状態に入ります。ここで次の微生物にバトンタッチです。
乳酸菌
乳酸菌の役割は
- 土壌pHを下げ、病原菌の密度を減らすこと
です。
バチルス菌投入から14〜20日後に乳酸菌の出番がやってきます。
方法は、乳酸菌資材をエサ(砂糖)とともに水に溶き、畝の上に散布するだけです。乳酸菌の生育に最適温度は20〜35℃なのですが、バチルス菌の出番が終わり、被覆を外した後ならちょうど良い温度になっているはずです。
乳酸菌はその名の通り「乳酸」を生成するのですが、これらの生成により土壌中のpHが下がり、病原菌の密度を減らすことができます。乳酸には抗菌作用もあります。なお、pHが下がると乳酸菌自体も死にます。
放線菌
最後に登場するのは、土壌中に広く存在する放線菌です。放線菌の役割は
- 病害虫の抑止
です。
乳酸菌投入から2〜4日後、放線菌資材を畝の上に散布しましょう。これまで活躍してきたバチルス菌や乳酸菌の死骸が、放線菌のエサとなります。
土壌病害の原因として悪名高い糸状菌(カビ)やセンチュウに効果的なのが放線菌です。キチナーゼという酵素が糸状菌の細胞壁やセンチュウの卵を構成するキチンやタンパク質を分解するのですが,このキチナーゼを生成する土壌中微生物の代表こそが放線菌!
また放線菌が、乳酸によって下がっていた土壌中pHを上げることで、酸性に弱い微生物もアルカリ性に弱い微生物も抑えることができます。
まとめ
本記事では土壌改良方法をご紹介しましたが、日本酒を造る際も同じような微生物の遷移を見ることができます。伝統的な「生酛造り」を例にご紹介します。
糖質をアルコールに変える「酵母」は、日本酒を造る上で重要な微生物ですが、野生の雑菌に淘汰されやすい弱い微生物です。ただ、酵母には「酸に強い」特性があるため、「乳酸」か「乳酸菌」を添加することで酵母だけを増やすことができます。
「生酛造り」では、酒造中の乳酸菌、自然に存在する乳酸菌を取り込み、酵母に最適な環境に整えていくのですが、蒸米をすり潰す「山卸し(やまおろし)」という伝統的な作業を行う中で「硝酸還元菌→乳酸菌→酵母」の遷移が生じます。
硝酸還元菌が生成する亜硝酸、乳酸菌が生成する乳酸で、野生の酵母など雑菌とされる微生物の増殖が抑制されます。酵母の増殖は抑制されますが、その間に米の糖化が進み、酵母が増殖するのに必要なエサの準備が整っていきます。
乳酸濃度が高まると硝酸還元菌が死滅します。それから、米の糖化、pHの低下により乳酸菌も死滅し始めます。すると、日本酒造りに有用な酵母だけが生き残る…という流れです。
日本酒造りも微生物同士の拮抗や共存をうまく活用しているのです。
微生物を活用した土壌改良は化学肥料や農薬を利用する方法と違い、即効性はありません。また土壌の環境や病害虫の種類によって、紹介した流れを全てやらなくてもいい場合があったり、紹介した流れでやっても改良までに時間がかかったりと、結果はさまざまです。そのため、つい結果に焦ってしまうこともあるかもしれません。
そんなときは「循環型農業」の目的、環境負荷を低減し、持続性の高い農業生産をする、を思い出し、慎重に取り組みましょう。
参考文献
- 自然循環機能の維持増進に関する資料 – 農林水産省
- 日本の農業を土から変える「微生物」 立命館大学研究活動報
- 土壌微生物の世界| 深掘!土づくり考 YANMAR
- 日本酒と微生物 – 栄研化学
- 『現代農業6月号』, 2019年6月1日, 農山漁村文化協会