日本では「VA菌根菌資材」を除く「微生物資材」と呼ばれるものは、肥料取締法などの法的規制もなく、資材を使用することで得られる効果や資材に含まれる微生物に関する公定規格もありませんが、作物の生育促進や病虫害の低減、環境保全への意識から、微生物の働きを利用する微生物資材に注目が集まっています。
本記事では、そんな微生物資材の一つで注目を集める「植物生育促進微生物」についてご紹介していきます。
植物生育促進微生物(PGPM:Plant Growth Promoting Microorganism)とは
文字通り、植物の生育を促進する効果を持つ微生物を指し、頭文字をとってPGPMと呼ばれたり、Microorcanismの部分がBacteria(細菌)やRhizobacteria(根粒菌)に置き換わり、PGPB、PGPRと呼ばれることもあります。
下記で紹介するレビュー論文にも記載されていますが、これらが植物の生長を促進する仕組みには
・植物生育促進微生物の植物病原菌への拮抗作用
・土壌中に含まれる植物が利用できない形態の養分を利用できる形態に変える
などが挙げられます。
植物生長微生物の名の通り、植物の発育を促す植物ホルモンを生成する微生物もいますが、植物ホルモンを大量に出す微生物の場合には、植物の成長を撹乱するために有害とみなされることがあります。
最新研究を紹介
塩分ストレスを緩和する
インドの大学が2020年7月に発表したレビュー論文『Plant Growth-Promoting Bacteria: Biological Tools for the Mitigation of Salinity Stress in Plants(植物生長促進微生物:植物の塩分ストレスの緩和)』では、非生物的ストレスの1つである塩分ストレスを緩和できる微生物の存在について記されています。
塩分ストレスは世界の持続可能な作物生産を脅かす存在であり、近い将来、従来の慣行農業や耐塩性作物の品種改良だけでは、人口増加で高まる作物生産の需要に追いつけなくなると考えられています。そんな中、植物根圏に棲息する多様な微生物が塩分ストレスに対応する可能性があり、宿主である植物を保護する可能性があるとわかりました。
上記研究では、これらの微生物の研究が発展することで、植物の耐塩性を高め、塩分濃度の高い土壌でも高い作物生産が可能になるのではないかと期待されています。
センチュウ被害を防ぐ
2020年11月にカナダの大学が発表したレビュー論文『The Use of Plant Growth-Promoting Bacteria to Prevent Nematode Damage to Plants(センチュウ被害を防ぐための植物成長促進細菌の使用)』にも、植物生長促進微生物に関する興味深い内容が記されています。
植物寄生性センチュウの対策に燻蒸剤や化学薬品を使用することは一般的な方法です。しかし燻蒸剤はセンチュウのみならず、土壌に棲息する幅広い種類の生物や種子に影響を与えるため、散布後、環境障害や植物毒性が起こることがあります。また有機リンなどの殺虫剤もまた、残留性の低さや植物毒性がほとんどないことからよく用いられますが、哺乳類や昆虫への毒性の強さが懸念されていること、センチュウのみならず、ダンゴムシやミジンコ、ミミズといった有益な微生物も死滅させてしまうこと、またセンチュウの生活環に対して効果が低いことなどから、優れているとは言い難いのが現状です。
センチュウ対策のための方法が環境や人々の健康に悪影響を及ぼす上、近い将来、地球温暖化の影響でセンチュウ被害が拡大することが懸念されています。そこで、環境に優しいセンチュウ防除手段として、植物生長促進微生物を含む土壌細菌利用の効果について研究が進んでいます。
植物生長促進微生物のセンチュウに対する拮抗作用には、溶解酵素や殺虫作用のあるタンパク質結晶、揮発性化合物の合成などが直接的なものとして挙げられ、他に生育に必要な栄養分の競合やセンチュウの行動を調節する分子の放出などが間接的な拮抗作用として挙げられています。
PGPBの研究はまだ十分に進められていませんが、今後研究・開発が続けば、環境や人体への影響の少ない効果的なセンチュウ対策として広がるかもしれません。
穀物・マメ科植物の成長促進
同じく2020年11月にインドの大学が発表したレビュー論文には『Significance of Plant Growth Promoting Rhizobacteria in Grain Legumes: Growth Promotion and Crop Production(穀物・マメ科植物の植物生長促進根圏細菌の重要性:成長促進と作物生産)』では、PGPRがマメ科植物の生産性を向上させること、について記されています。
PGPRは、窒素固定やリンの可溶化、植物ホルモンの産生などにより、さまざまな成長段階にあるマメ科植物の成長を促進するとあります。またPGPRとともに根粒菌を接種することで、根粒形成や共生関係が促進される、ともありました。
今後の課題
上記で紹介した通り、さまざまな効果を持つ植物生育促進微生物ですが、圃場で行われる試験になると効果が見られないこともあります。
植物生育促進微生物の効果を圃場でも発揮させるためには、まずは植物生育促進微生物が土壌中に棲む多様な微生物と栄養を巡って競い、勝たなければならないこと、またこの微生物が定着するための土性や土壌pH、温度などを、有効となる条件を見極める必要があります。
しかし先で紹介したレビュー論文からも、持続可能な農業で活用される微生物資材として期待が高まっていることは伝わってきます。今後の動向にも注目です。
参考文献
- 農業における微生物資材の市場現状と将来展望
- 染谷孝『人に話したくなる土壌微生物の世界 食と健康から洞窟、温泉、宇宙まで』(築地書館、2020年)
- Plant Growth-Promoting Bacteria: Biological Tools for the Mitigation of Salinity Stress in Plants|PubMed
- Significance of Plant Growth Promoting Rhizobacteria in Grain Legumes: Growth Promotion and Crop Production|PubMed
- The Use of Plant Growth-Promoting Bacteria to Prevent Nematode Damage to Plants|PubMed