「微生物資材」とは微生物が含まれる土壌改良資材を指し、微生物の機能を利用して作物の生育や土壌環境の改善等を図ります。
農山漁村文化協会が提供する日本の農業関連データベース「ルーラル電子図書館」によると、微生物資材の中で「土壌改良資材」として政令指定されているのは「VA菌根菌資材」のみで、これ以外で一般に流通・市販されている微生物資材は、肥料取締法の適用を受けていないものの総称である「その他のいわゆる土壌改良資材」に分類されています。
研究場面において、微生物資材の効果に対する期待は大きいとされていますが、「その他のいわゆる土壌改良資材」に分類される微生物資材の中には、含まれている微生物の名称や含有量が定かではないもの、効果が微生物由来かどうか定かではないものなどがあるとされています。
そこで本記事では、微生物資材を使用する際の注意点と、微生物資材を活用する前にやっておきたい現場試験の方法についてご紹介していきます。
微生物資材を使用する際の注意点
市場に出回る微生物資材には、土壌の生物性改善や病害虫の抑制などの効果が期待されています。
しかし微生物はある特定の環境下で特定の効果を発揮するものであり、その微生物の生育に適さない条件下などでは効果が異なります。そのため資材業者が謳う効果を求めて使用しても、使用条件によって効果の再現性が低くなることなどが起こり得ます。
それから、冒頭でも述べたように、微生物資材は肥料取締法などの法的規制を受けていません。2009年に全国土壌改良資材協議会が微生物資材の自主表示基準が設定される前は、含有微生物や添加物、微生物資材を使用することで得られる具体的な効果などの明確な情報が得られないものも多くありました。
自主表示基準により
主要微生物の名称
菌数
有効期間
pH
水分等
が表示されるようになりましたが、自主表示基準に登録されていない商品も存在します。加えて自主表示基準は公的基準ではありません。自主表示基準に登録されていない商品は販売者が研究機構などに依頼し、試験結果を販売者が使用者に説明する形などが撮られていますが、標準化はされていません。
多くの微生物資材は単一ではなく複数の微生物を含有しています。そして自主表示基準に登録されていない商品の中には、菌の種類や菌数などの情報がはっきりしていないものもあります。そのため、微生物資材の効果は、使用者自身が効果や適用条件を検討する必要があります。
微生物資材を効果を発揮させるためにも、事前に土壌の化学性、生物性を分析し、土壌が微生物資材に含まれる微生物に適した環境かどうか確認する必要があるのです。
また染谷孝『人に話したくなる土壌微生物の世界 食と健康から洞窟、温泉、宇宙まで』には、著者の研究室で行われた微生物資材の品質管理の研究結果から、市販の微生物資材に含有する微生物のほとんどが死んでいたことが書かれています。流通の過程で死滅した可能性が考えられるとありました。このような衝撃的な出来事も起こりうるため、微生物資材が使えるかどうか、実際に農地で使用する前に自分自身で確認する必要があるのです。
微生物資材を使う前にやっておきたい現場試験
微生物資材を使う前に、実際に使用する予定の現場で試験を行い、効果を確かめることをおすすめします。現場試験を行う際は、微生物資材を土壌にまいて効果を確かめるだけでなく、「対照区」を設定して観察してください。この場合の対照区とは微生物資材を散布しない、または微生物資材の一部を熱殺菌し、微生物を死滅させたものを散布した場所のことです。
2010年4月に発行された「日本土壌肥料科学雑誌」に掲載された『微生物資材の圃場試験による効果判定の試み』には、1996年に日本土壌肥料学会が出した「微生物資材評価に関する提言」より、その効果判定法について
「①含有微生物のいない,もしくは殺菌処理した資材を必ず対照区として設ける.②圃場試験は必ず乱塊法による統計処理を行い、三連制以上で行う.③二ヶ所以上の試験地において,異なる土壌条件下で行う.④公的機関に圃場試験結果を提示し、評価を受ける」
引用元:嶋谷智佳子・橋本知義・岡紀邦・竹中屓『微生物資材の圃場試験による効果判定の試み』1.はじめに
と挙げています。
『微生物資材の圃場試験による効果判定の試み』では、①の殺菌処理した資材区を設けて行う現場試験が行われています。試験に用いられた市販の微生物資材の特徴は以下の通りです。
記載されている主な効果 | 記載されている含有微生物 | |
資材A | 土壌の団粒形成の促進 | 低温菌、中温菌、高温菌、好気性菌、嫌気性菌、細菌、放線菌、糸状菌等 |
資材B | 土壌中の過剰な硝酸態窒素の改善 | 記載なし |
資材C | 土壌の窒素供給能の改善 | 酵母 |
資材D | 有機物の分解促進 | 繊維素分解菌、放線菌、細菌等 |
試験区は
・資材施用区(資材を施用した区)
・対照区(微生物資材を含まない区)
・滅菌区(微生物性「以外」の効果を評価するため、微生物資材に滅菌処理を行った上で使用した区)
としています。
また土壌の施肥は地域の施肥基準に従って行われていますが、資材Aに肥料成分(窒素、リン酸、カリウム)が含まれていたため、資材Aの分だけは減肥することで調整し、全ての区の条件を揃えています。
コマツナを栽培作物とし、播種前と収穫時に土壌試料(深さ0〜15cm)を5点法※で採取することで調査が行われました(資材Aに関しては、その効果が「団粒形成の促進」のため、団粒分析も行われています)。
※「5点混合法」「5地点混合法」は任意の5地点の土壌を採取し、それぞれ等量混合する方法。(参考文献:5点混合法|エコペディア|DOWAエコジャーナル)
この研究報告の結果をお話すると、資材A、B、C、Dから微生物由来の効果は認められていません。とはいえ考察には、微生物資材の効果は100%微生物由来ではなく、土壌の物理性や化学性、生物性、気象条件などにも影響を受けること、土壌や栽培作物が限定されていたことなどから、これらの条件が変われば効果が認められるかもしれないことも示唆しています。
微生物資材に期待されること
上記研究報告の最後はこう締めくくられています。
販売者(製造者)から使用条件や効果が発現した事例などの十分な情報提示があれば、それに合わせて効果判定試験を設計することができるのでより効率的に試験が行えると考えられる。
引用元:嶋谷智佳子・橋本知義・岡紀邦・竹中屓『微生物資材の圃場試験による効果判定の試み』3.結果と考察
十分な情報提示は現場試験の行いやすさだけでなく、微生物資材を使用する使用者にとっても重要なものです。明確な情報が得られれば、現場試験の労力の省力化につながることでしょう。
なお世界市場を対象とした輸出農業を育成している韓国では、微生物資材への国家基準が2007年から設けられ、主要微生物の名称、菌数、有効期間だけでなく、培養法や保管方法なども表示されています。国指定の公的機関で資材に含まれている微生物に環境危害性がないか、病原微生物や毒性物質が含まれていないかなどを確認する検査を受け、合格する必要もあります。
日本の農林水産物の輸出は増加傾向にあることから、日本でも世界市場を視野に入れ、微生物資材の十分な情報提示基準が設けられると良いですね。
参考文献
- 微生物資材 – ルーラル電子図書館−農業技術事典 NAROPEDIA
- 染谷孝『人に話したくなる土壌微生物の世界 食と健康から洞窟、温泉、宇宙まで』(築地書館、2020年)
- 嶋谷智佳子・橋本知義・岡紀邦・竹中屓『微生物資材の圃場試験による効果判定の試み』
- 農業における微生物資材の市場現状と将来展望
- 韓国における農業の現状と農政の方向およびその評価|農林水産省
- (3)農産物輸出の一層の促進:農林水産省