日本人に身近な食品の一つに「納豆」があります。納豆は煮た豆に納豆菌を加えることでできる発酵食品です。納豆菌は土壌や植物に存在する「枯草菌」の一種で、納豆生産に用いられる菌の学名はBacillus subtilis var. nattoといいます。
Bacillus subtilis属菌は農業分野では、生物農薬としての研究が進んでいます。そこで本記事では、農業に役立つとされるB. subtilis属菌の効果についてご紹介していきます。
炭疽病を抑える
『月刊 現代農業2021年6月号』にも「イチゴの炭疽病を抑えた納豆液」と題した記事が掲載されていますが、過去の研究より、納豆菌が属するB. subtilis属には灰色かび病や炭疽病、うどんこ病などの植物病害への抑制効果を示すことが報告されています。
橋本俊祐・河村郁恵・中島雅己・阿久津克己『納豆菌(Bacillus subtilis var. natto)によるイチゴの灰色かび病に対する抑制効果』(日植病報 78: 104–107、2012年)では、私たちの食卓に身近な市販の納豆から分離した納豆菌を用い、イチゴの灰色かび病への抑制効果を調査した実験の結果が報告されています。
実験方法を簡易的に説明すると、灰色かび病菌の懸濁液を平板培地(微生物の培養実験で用いられる平皿「シャーレ」を用いて作る固形培地)に広げ、そこに納豆菌懸濁液と、対照実験として滅菌水を滴下して、25℃で2日間培養します。灰色かび病菌への抑制効果は、細菌の増殖が阻止された部分(ハロー、発育阻止帯)の長さで測定しています。
その結果、納豆菌が含まれる全てにおいて明瞭なハロー形成が認められ、中でもNo.2株は最も大きなハローを形成しました。
次に、イチゴの植物体上での灰色かび病への抑制効果についても実験が行われています。こちらの方法も簡潔に紹介すると、イチゴの複葉に納豆菌懸濁液と対照実験として滅菌水を噴霧し、事前に培養した灰色かび病菌をその葉上に接種し、接種後4日後にその病斑径を測定します。
すると、先で紹介したNo.2株を噴霧したものの抑制効果が最も高い結果となり、滅菌水を噴霧したもの(すなわち納豆菌を含んでいないもの)の灰色かび病の病斑が9.8±0.5mmだったのに対し、No.2株を噴霧したものは5.3±0.3mmとなりました。
花器においても実験が行われ、それらの結果からイチゴの葉や花器において灰色かび病の抑制効果が見られることが明らかになりました。
『月刊 現代農業2021年6月号』では、市販の納豆1パックに対し300mlの水を加えてミキサーにかけてストッキングで濾し、それを希釈して100lにしたものを農薬に混用して散布することで炭疽病を抑える方法が紹介されています。
植物の生育と保護にも効果的
オープンアクセスの学術雑誌『Molecular Plant-Microbe Interactions®』に掲載されたレビュー論文『Molecular Aspects of Plant Growth Promotion and Protection by Bacillus subtilis』には、B. subtilis属の植物の生育促進と保護への効果が紹介されていました。
先で紹介した病原菌抑制作用だけでなく、植物の栄養供給を改善させたり、植物ホルモンの恒常性の変化に寄与したりといった効果が挙げられています。
例えばB. subtilis属による栄養供給の改善について書かれた項目では、
- 大気中の窒素を固定する
- 他の細菌による根粒形成を促進する
→すでに植物と共生している根粒菌のコロニー形成を改善する - 様々な有機酸を生産する
→植物の生育に必要なリンを可溶性の形態に変化させる
などが挙げられています。
また植物の干ばつや塩害への耐性を向上させる事例も報告されています。シロイヌナズナとアブラナに枯草菌(枯草菌GOT9株)を接種したところ、ストレス調節に主要な植物ホルモンアブシジン酸のアップレギュレーション※を含む植物の遺伝子発現の調節を介して、これらの植物の干ばつと塩害への耐性を向上させた、とあります。
今後気候変動によって、干ばつが激化する可能性が考えられます。干ばつは作物の収穫量に大きな悪影響を及ぼします。また干ばつによって引き起こされる土壌の塩分化も進むことが予想されます。B. subtilis属の効果を応用することができれば、将来の農業分野に立ちはだかる課題解決につながるでしょう。
とはいえ、これらの効果を農業分野に応用するには難しい面も多々あります。この研究の序論では、一般的な見解として枯草菌を広範囲に接種しないと植物や根圏に定着しないため、試験管上では成功しても、圃場で行う実験では失敗することが多いとも記されていました。
実験環境とは異なる、管理されていない条件での植物と微生物の相互作用についてより深く理解していくことができれば、現場での適用が改善されるかもしれない、と記されていました。自然界にはまだまだわからないことがたくさんあります。少しずつ研究が進み、微生物資材が農業においてより良い効果をもたらしてくれるといいですね。
参考文献