納豆菌は農業に役立つ微生物資材の一つです。
関連記事:【納豆菌】まだまだある!農業に役立つ納豆菌の効果。炭疽病を抑える、植物の生育を促進する!?
上記記事では、納豆菌の炭疽病を抑える効果や植物生育促進微生物としての効果についてご紹介しました。本記事では、上記記事の参考文献の一つ『Molecular Aspects of Plant Growth Promotion and Protection by Bacillus subtilis』という論文に、納豆菌の興味深い効果がまだまだたくさん記載されていたので、それらを紹介していきます。
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納豆菌は分類上、枯草菌(Bacillus subtilis 以下 B. subtiis)に属しています。
枯草菌の亜種(生物分類学上の単位の一つで、種の下の階級)にはB. subtilis sub-sp. subtilis、B. subtilis subsp. spizizenii、B. subtilis subsp. inaquosorumが認められており、枯草菌に非常に近い種にはB. tequilensis、B. vallismortis、B. mojavensisがあります。
納豆菌は学術的には「亜種」ではなく、B. subtilis sub-sp. subtilisに含まれます。ですが、その中で納豆製造に適した系統は限られており、納豆製造に用いられる納豆菌は B. natto SAWAMURA という独立した種として扱われています。
本記事で紹介する内容は、論文で扱われている微生物B. subtiisによる効果で「納豆菌」に限った内容ではありません。分類学上での納豆菌の扱いをふまえた上でB. subtiis の効果についてお読みいただけると幸いです。
B. subtiisの抗菌作用
B. subtiis は抗菌作用を持つさまざまな化合物(リボペプチドやエキソ型酵素など)を生産します。中でもサーファクチンと呼ばれる環状のリボペプチドは、枯草菌の二次代謝産物の中でも最も研究されているものです。サーファクチンは他の生物の細胞膜を破壊することができます。
ほとんどのB. subtiis は抗菌物質を複数生産することができ、例えばサーファクチンとバシロマイシンと呼ばれる抗菌物質は、病原菌の制御に相乗的に作用します。
またB. subtiis は真菌(「カビ」の総称)の細胞壁を分解できる酵素を生産することで、真菌類も制御できます。ある研究では、キチナーゼと呼ばれる酵素を生産するB. subtiis をトマトの苗に摂取したところ、カビが要因の病気にかかる苗の量が、温室試験では約20%、圃場試験では約35%減少しています。
B. subtiisは病原菌のシグナルを妨害して、病害の重症度を低減する
先で挙げたような、病原菌の生育を阻害する作用だけでなく、その病原性を低下させることで、植物の病気の重症度が下げられるともいわれています。B. subtiisは病原体の「クオラムセンシング」シグナルを妨害します。
クオラムセンシングとは
まず前提として、私たちが言葉でコミュニケーションを取るのに対し、微生物は「オートインデューサー」と呼ばれる化学物質を用いてコミュニケーションを取ります。オートインデューサーを分泌することで、同じ種が周りにどれだけいるかを知らせ合い、菌密度がある閾値を超えると、特定の遺伝子発現をオンまたはオフにして集団行動を始めます。この一連の仕組みをクオラムセンシングと呼びます。病原菌の場合、毒素の放出の制御などにこの仕組みを利用しています。
B. subtiisが生成する酵素がこのクオラムセンシングシグナルを妨害することで、毒素の放出などを抑えることができます。参考文献(5)に記載されている実験結果には、B. subtiisが生成する酵素AiiAが病原性遺伝子の発現に関わるクオラムセンシングシグナルを不活性化する役割を果たしていることが示唆されています。
B. subtiisは植物自体の防御力もアップさせる
B. subtiisが生産するさまざまな化合物は植物の全身誘導抵抗性(induced systemic resistance;ISR)を誘発することが示されています。ISRとは
植物の根圏に生息する細菌(リゾバクテリア)などの根圏微生物が植物の根に定着することにより、地上部を含めた植物の全身に誘導される抵抗性
です。サーファクチンと同じく環状のリボペプチドであるフェンギシンの高い生産性を持つB. subtiisをトマトとマメの根に接種したところ、これらの葉に発生する灰色かび病を軽減できると報告されています。
参考文献