土壌は生態系において生産者と分解者としての役割を果たしています。生産者としての役割は具体的に、植物の生育に必要な水や養分の保持・供給、植物の根の物理的な支えなどが挙げられます。分解者としては、土壌に加えられた動植物遺体や排泄物などの土壌有機物や化学物質を分解することで、植物養分を再循環させる、大気組成を維持するなどが挙げられます。
本記事では、そんな土壌が「物質循環」において果たしている役割について知っておきたいことをご紹介していきます。
物質循環における土壌の役割
物質循環とは
炭素、窒素、硫黄、水などの物質が、生態系や環境系において移動・循環すること。
出典元:森北出版「化学辞典(第2版)」
という意味です。
物質循環における土壌の役割には、有機物を無機化する、炭素および窒素を循環させることが挙げられます。
有機物を無機化する
植物は根から吸収した無機養分と、光合成によって大気中の二酸化炭素を固定して合成した炭素化合物から、植物体を構成するための有機物を生産します。植物体を構成するために必要な無機養分は、土壌が有機物を無機化するからこそ得られるものです。
有機物の無機化(分解)は、土壌動物と土壌微生物の相互作用により成り立ちます。また有機物の分解は、生きている生物体が有機物を食することによるものだけでなく、土壌微生物に由来する酵素によっても行われます。
炭素および窒素を循環させる
炭素は大気中では主に二酸化炭素として存在します。先でも紹介したように、大気中の二酸化炭素は植物の光合成によって固定され、植物体の構成要素となります。
植物由来の有機物は枯死体などの形で土壌に入ると、土壌中の分解者によって分解され(植物由来の有機物の分解の大部分は土壌微生物が行う)、二酸化炭素として大気中に放出されます。
窒素もまた、その大部分が窒素ガス(N2)として存在しています。N2は強力な三重結合で形成されているため、一部の窒素固定生物を除いて、生物が大気中のN2を直接利用することはできません。生物が利用できる窒素はN2を除く窒素化合物で、還元態のアンモニア、酸化態の窒素酸化物、亜硝酸、硝酸などが挙げられます。
農業において、植物が必要とするこれら窒素化合物の生成は、窒素固定細菌による生物的窒素固定に依存していましたが、20世紀初頭に確立されたハーバー・ボッシュ法で人工的にN2からアンモニアを合成できるようになったことで、窒素肥料の大量生産が可能になりました。
窒素はさまざまな形態変化を受けながら、大気と土壌と動植物の間を循環しています。大気と土壌と動植物の間を循環する窒素の反応は多岐に渡りますが、一部の分かりやすい循環の流れを表すと以下のような流れになります
化学肥料や窒素固定細菌によって生じた生物が利用できる状態の窒素は、植物の根を介して吸収され、植物体内でアミノ酸やタンパク質などの構成成分に変換されます。
生命活動を終えた植物や微生物が土壌に入ると、土壌生物(主に微生物)によって分解され、アンモニウムイオン(NH4+)として放出されます。
NH4+の一部は酸化条件下で土壌微生物によって亜硝酸イオン(NO2-)、硝酸イオン(NO3-)へと酸化されます。
NO2-やNO3-は土壌が嫌気的になると脱窒菌によって還元され、一酸化二窒素(N2O)やN2となって大気へと戻ります。
その他
土壌は人工有機化合物を分解する役割も果たします。土壌微生物は、合成農薬などの人工的に生成された有機化合物も、ほとんどの場合、時間の経過とともに分解していきます。
ただし、天然に存在しない有機化合物の場合、土壌中にもその有機化合物を分解できる代謝系が存在しない場合や、代謝できても代謝速度が非常に遅い場合があるため、土壌中に長期間残留することが多いことは忘れてはなりません。
環境負荷の少ない農業を続けるために
農地面積が少ない日本で、高品質の農産物を安定的に供給するためには、施肥や病害虫の防除などの農作業や農業資材の投入が欠かせません。しかし農業生産の効率を追求するために過剰な施肥や不適切な量の農薬の使用などが行われると、環境に負荷を与えることになります。すると結果的に、農業生産にも悪影響が及びます。
物質循環と土壌の関わりが理解できれば、過剰な施肥や不適切な量の農薬の使用がなぜ土壌に負荷を与えてしまうのかも理解できるはずです。適切な物質循環が行われるように心がけて農作業を行いたいところです。
参考文献
- 環境と調和のとれた持続的な 農業生産をめざして
- 犬伏和之、白鳥豊編『改訂 土壌学概論』(朝倉書店、2020年)