不耕起栽培とは、その名の通り、畑を耕さずに作物を育てる農法を指します。『ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典』の「不耕起栽培」の解説には、
もとは1930年代アメリカの大平原で乾燥地帯を耕地とするときに,トラクタで掘起すと表土が砂塵などで失われ砂漠化するため,切り株を残して土壌を保護しようという農法 (stubble mulching) を原型としたもので,最近では世界各国で普及している。
とあり、環境保全の立場から、国連食糧農業機関(FAO)なども支援する農法だと言われています。
涌井義郎『土がよくなりおいしく育つ 不耕起栽培のすすめ』(2015年、一般社団法人家の光協会)(以下、『不耕起栽培のすすめ』)では、冒頭で不耕起栽培が“有機農業の技法の一部”と紹介されながらも、慣行農業でも取り入れることができることが記されていました。
そこで本記事では不耕起栽培に着目。有機農業のみならず、慣行農業でも取り入れるために知っておきたいポイントやメリット・デメリットについてまとめていきます。
不耕起栽培を始める前に知っておきたいポイント
まずは不耕起栽培を始める前に知っておきたいポイントについてご紹介します。
不耕起栽培は慣行農業でも取り入れることが可能ですが、有機栽培であれ慣行農業であれ、「耕さない」だけで成立するものではないことに注意しなければなりません。その土地の環境や土壌や気象の条件など、好条件が得られないと難しさが増すのは事実です。また、慣行農業の耕うん栽培よりはどうしても収量が少なくなることなど、慣行農業との違いをあらかじめ理解しておかなければなりません。
加えて、元々地力が低い畑を不耕起栽培できる畑にするには数年必要になることも。
『不耕起栽培のすすめ』では、不耕起栽培の特徴は「地力を維持する」効果であり、地力を高める働きは弱い、とあります。そのため地力が低い圃場で不耕起栽培を続けても、農作物の生育はよくなりません。不耕起栽培に取り組むためには、不耕起栽培に適した土を作るという事前準備が必要です。
地力が低い圃場には堆肥や緑肥作物を鋤き込み、地力を高めましょう。3〜5年かけて地力を高め、不耕起栽培に転換した後も、数年間は有機物を地表面に多めに敷いたり、緑肥作物の種をうね間にまくなどして、地力向上のための土づくりを続けます。
不耕起栽培のデメリット
農林水産省『農地土壌が有する多様な公益的機能と土壌管理のあり方(1)』に「農地土壌が有する公益的機能の向上に効果の高い営農活動」として不耕起栽培が記されています。そこでは不耕起栽培の効果として
- 炭素の貯留
- 圃場における生物多様性の保全
- 生産の省力化や燃料の節減等を通じた生産コストの低減等
が挙げられています。
しかし上記で紹介したように、不耕起栽培に取り組むための事前準備には労力がかかることや
- 不耕起栽培が可能な土壌や気候条件に制限がある
- 排水性の低い圃場では湿害が発生しやすくなる
- 粘土質土壌で土壌孔隙率が低下し、土壌物理性が悪化する
- 雑草の繁茂で除草労力が増大する
- 肥効が低下する
- 肥効の低下により施用量が増加することで環境負荷が大きくなる
- 根菜類の栽培が難しい
- 水田において漏水が増加する
などが、不耕起栽培のデメリットとして挙げられます。
不耕起栽培のメリット
デメリットを見ると、不耕起栽培には労力面や土壌条件にやや難があるように感じられるかもしれません。ですが『ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典』には
日本では水田の稲作にも応用され,田植えなどの農作業が軽減するほか,大型農耕機械が不要となるためコスト削減につながると期待されており,農業試験場での実験が行われている。ほとんどの品種で栽培が可能で,収穫量も従来の方法と変らない。
と記され、伊藤豊彰『耕起から不耕起にすると土壌と作物の何が変わるか?』(日本土壌肥料学雑誌 日本土壌肥料学雑誌 73(2), 193-201, 2002、一般社団法人 日本土壌肥料学会)には、
我が国の不耕起栽培は、耕起後の降雨による播種作業の遅れを回避するためや二毛作における前・後作の作期が重複する場合の作業競合を回避し、作業能率を向上させる方策として活用されてきた。
とあるように、作業効率の視点から見れば、必ずしもデメリットばかりではないのがわかります。不耕起栽培のメリットは他に、先でも紹介したものも含まれていますが、
- 耕うん・整地作業が省略できる
- 耕うん・整地作業の省略により燃料費および機械費を削減できる
- 土壌侵食(風食・水食)を抑制できる
- 土壌水分の浸潤性や保水性に優れる
- 土壌表面の植物残さ被覆により鳥害回避や雑草防除に効果がある
- 土壌有機物の分解が抑制されることと植物残さがすき込まれないことから、地表層に有機物が集積する
などが挙げられます。
収量は条件次第!?
『不耕起栽培のすすめ』では、“慣行農業の耕うん栽培よりはどうしても収量が少なくなる”と記載されていますが、収量は栽培する作物や土壌、気象条件次第といえるかもしれません。
農研機構の成果情報「東北農業研究センター2007年の成果情報」には『トウモロコシは不耕起栽培でも耕起栽培と同等の収量性が得られる』とあります。
ここには、
黒ボク土圃場で不耕起栽培されたトウモロコシの初期生育、耐倒伏性、雌穂重割合、乾物収量は耕起栽培のそれらと同等であり、4年程度の継続であれば収量性に顕著な低下はみられない。また、不耕起栽培時の雑草は除草剤により効果的に防除できる。
と記載されています。
成果の内容によると、黒ボク土圃場で不耕起栽培されたサイレージ用トウモロコシはさまざまな条件下(多様な品種や作期、肥料を施す栽培管理等)において、その乾物収量や雌穂重割合が耕起栽培と同等でした。
本文中には“本成果はすべて排水良好な圃場で得られたものである”ともありました。好条件が得られないと難しさが増す不耕起栽培において、この成果は“黒ボク土圃場”であることや排水良好な圃場であったことが関係しているのでは、と考えます。
不耕起栽培のための好条件を整えるための事前準備には、どうしても時間がかかってしまいますが、好条件が揃えば、収量の影響が出にくい不耕起栽培も可能かもしれません。環境保全型農業に関心が高い方は、根気強く挑戦してみてください。
参考文献
- 涌井義郎『土がよくなりおいしく育つ 不耕起栽培のすすめ』(2015年、一般社団法人家の光協会)
- 世界で広がる耕さない農業|日本食農連携機構
- 農地土壌が有する多様な公益的機能と土壌管理のあり方(1) 平成19年12月 農林水産省生産局環境保全型農業対策室
- 伊藤 豊彰『6.耕起から不耕起にすると土壌と作物の何が変わるか?(フィールドから展開される土壌肥料学 : 新たな視点でデータを採る・見る)』(日本土壌肥料学雑誌 日本土壌肥料学雑誌 73(2), 193-201, 2002、一般社団法人 日本土壌肥料学会)
- トウモロコシは不耕起栽培でも耕起栽培と同等の収量性が得られる|農研機構
- 東北農業研究センター研究報告 No.106 – 農研機構
- トウモロコシ不耕起栽培の普及へ 農研機構が冊子作成|ニュース|栽培技術|JAcom
- (研究成果) 不耕起対応トウモロコシ高速播種機の活用Q&Aを公開|農研機構