近代農業において、化学肥料、工業生産された窒素は作物の増産に欠かせないものですが、多量投入された化学肥料によって環境負荷がかかっています。
たとえば増収を図るためにトウモロコシやコムギなどの農地に施肥された窒素肥料の50%以上は作物に利用されておらず、農地外へ流出しているといわれています。
窒素流出の流れと環境への影響
窒素が土壌に流出する大きな原因は「硝化」です。硝化とは、土壌中の微生物の作用により、アンモニアから亜硝酸や硝酸が生じる作用を指します。
この硝化作用で生成された硝酸態窒素は土壌に吸着しにくい性質があり、灌水や雨水に溶け出し、地下水とともに流出してしまいます。河川などに流出すると、河川などが富栄養状態となり、プランクトンが増殖、水中の酸素が不足することで生態系にダメージを与えることになります。
また硝化と「脱窒※」の過程で生じる亜酸化窒素は農業分野から排出される温室効果ガスの一つです。
※脱窒素細菌の作用により、水中の亜硝酸性窒素、硝酸性窒素を主として窒素ガスに還元して放出すること。(出典元:環境用語集:「脱窒」|EICネット)
環境負荷を低減するために
一般社団法人全国肥料商連合会 『人を健康にする施肥(第2版)』(農文協、2016年)の中で、化学肥料使用における取り組みとして掲げられているキーワードに「4R施肥推進運動(4R Nutrient Stewardship)」があります。4Rは「適切な肥料を適量、適期に適切な場所に施用すること」を表します。
農業従事者ができることは4R に加え、化学肥料の使用を最小化することや農地外への肥料流出を抑えることなどがあげられます。
財団法人日本農業研究所の資料『農耕地からの窒素等の流出を低減する-農業環境収支適正化確立事業の成果から-』(日本農業研究所、2002年)には窒素成分流出を低減する施肥技術や水管理技術などがまとめられています。中でも取り組みやすい技術には以下の3つがあげられます。
家畜ふん堆肥の施肥による対策
熊本県農業研究センターや日本農業研究所などが、化学肥料の代替として家畜ふん堆肥を利用したところ、化学肥料のみを施用した場合と同等の収量・品質が得られたこと、ほ場からの窒素溶脱量が化学肥料を施用した場合より減少したことなどを報告しています。
クリーニングクロップの活用
クリーニングクロップとは以下のものを指します。
クリーニングクロップは養分吸収能の高い作物で、休閑期に栽培され、収穫後圃場外に搬出することによって土壌中に過剰に蓄積された土壌養分を持ち出し塩類障害を軽減するための作物を指し、トウモロコシ、ソルゴー、スーダングラスなどのイネ科作物が該当する。
山形県砂丘地農業試験場や徳島県農林水産総合技術センターの報告によると、後作にクリーニングクロップを栽培すると、残肥が有効利用され、残存窒素の溶脱を防止できるとあります。
被覆肥料の施用(注意点あり)
富山県農業技術センターや滋賀県農業試験場などの報告では、被覆肥料の施用効果が記されています。被覆肥料は肥料の周囲をポリマーなどでコーティングしたものです。水分が浸透すると中の肥料が溶解し、少しずつ外部に染み出す仕組みで、肥効がゆるやかに長続きします。
速効性の肥料に比べ、肥料成分の流出を低減できることが記されていますが、被覆肥料は近年マイクロプラスチックが流出する要因として知られています。
そのため、緩効性の被覆肥料による環境負荷軽減を図りたい場合には、土壌中に残存しない生分解性ポリマーなどを用いた被覆肥料の使用が求められます。
その他の方法や窒素流出防止の最新研究
スマート農業の活用も過剰な施肥の防止につながります。たとえばノルウェーの肥料メーカーYara(ヤラ)は同社が提供するN-Testerというセンサーを用いて作物の葉から窒素の含有量を測定し、収集した作物の生育データと合わせて適切な施肥量を推奨するサービスを構築しています。
また国立研究開発法人国際農林水産業研究センターと 国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構は共同で、トウモロコシやコムギなどが産生する、硝化を抑制する鍵となる物質「MBOA」の同定に成功したことを発表しています。MBOAが硝化を起こす微生物(硝化菌)の硝化反応と増殖を抑制し、硝化を阻害することを明らかにしました。
アメリカのSound Agriculture(サウンド・アグリカルチャー)という企業は、土壌中の窒素固定菌を活性化させる「SOURCE(ソース)」という製品を開発・販売しています。窒素固定菌を活性化させることで、作物は大気中の窒素をより効率的に栄養素として使うことができるようになり、化学肥料の使用量を減らすことができるといいます。
参考文献