転炉スラグ(「転炉さい」ともいう)とは、製鉄所で鋼を製造する転炉でできる「鉱さい」のことです。「鉱さい」とは粗金属を鉄やニッケルなどの鉱物にする際に生じる目的成分「以外」の不純物のことです。
転炉スラグは産業廃棄物の1つですが、ケイ酸カルシウムを主成分とし、少量の酸化カルシウムのほか、鉄やマンガン、ホウ素などの微量要素を含むことから、肥料としても活用されています。
転炉スラグの効果
先述した通り、転炉スラグにはケイ酸カルシウム、酸化カルシウム、鉄・マンガン・マグネシウム・リン酸・ホウ素などを含んでいます。含有成分を活用して、転炉スラグは以下のような形で用いられます。
- 老朽化した水田への含鉄資材
- 土壌酸性改良資材
- リン酸資源としての使用
- 水稲へのケイ酸補給
- 鉄とマンガンの補給による水田からのメタンガス発生の抑制
特に、土壌酸性改良において転炉スラグは有用です。というのも、酸度矯正資材として炭酸カルシウムや消石灰を用いた時、微量要素欠乏が起こりやすいのですが、転炉スラグに含まれるマンガンやホウ素などの微量要素は水にほとんど溶け出さないため、土壌pHを高めても転炉スラグであれば微量要素欠乏が起こりにくいのが魅力の1つといえます。
転炉スラグを用いた土壌改良で得られる効果
適正な土壌pHは作物の収量や品質を高めるのに役立ちます。一方で、化学肥料の多用や土中のアルカリ分の流出などで賛成となった土壌では、生理障害の発生や収量の低下、土壌微生物相への影響から土壌病害である根こぶ病などがまん延しやすくなります。
そんな酸性土壌に転炉スラグを施用して土壌pHを十分に高めると、根こぶ病のみならずフザリウム属菌など、糸状菌(かび)を病原菌とする土壌病害の発生を抑えることができます。
土壌の高pH化の影響と効果
なお、根こぶ病への対策には、転炉スラグを用いて土壌pHを思い切ってpH7.5まで高めることが推奨されています。
後述するように、土壌の高pH化には多量の転炉スラグを投入する必要があることや、そもそも土壌の高pH化に抵抗がある人もいるかもしれませんが、後藤逸男『転炉スラグの農業利用技術の開発と普及』(植物防疫第70巻第4号、2016年)では、世界一肥沃な土壌といわれるチェルノーゼム(ウクライナ)の土壌診断図が公開されており、その図よりpHが8.1であることが示されています。
また土壌の高pH化には、農作物のカドミウム吸収を抑制する効果もあります。
転炉スラグを用いれば、作物の生育に悪影響を及ぼすことなく※、土壌pHの改良やカドミウムの吸収抑制に役立てることができます。
※土壌の高pH化は糸状菌を原因菌とする土壌病害の被害軽減に役立つ一方、放線菌を病原菌とするジャガイモそうか病の場合では発病が助長されます。転炉スラグの施用前には必ず、作付予定の作物とそれに適した土壌環境のために土壌診断を行い、適正な土づくりに努め、土壌の状態によっては使用を控えてください。
転炉スラグのメリット・デメリット
転炉スラグを用いた土壌の高pH化では微量要素欠乏が生じにくいというメリットのほか、効果の持続性にもメリットがあります。
一度転炉スラグを用いてpHを7.5程度まで高めてしまえば、土壌矯正効果は10年ほど、少なくとも5年程度は持続するため、詳細は後述しますが、長い目で見れば初期投資に対して十分採算が合う資材といえます。
デメリットは、先で登場した“初期投資”に関連する内容です。転炉スラグを用いる際、たとえば土壌の酸度矯正資材として従来使われている炭酸カルシウムの2倍以上施用する必要があります。
大まかな施用量となりますが、従来の石灰資材の施用量が100kg/10a・年前後とすると、転炉スラグの場合は数t/10a以上に及びます。pHが変動しにくい黒ボク土の場合には5〜10t/10aに達することもあります。
施用量が多ければ、それだけ初期費用もかかります。たとえば苦土カルを100kg/10a・年前後施用する場合、その費用は2,000円程度で済みますが、市販の転炉スラグが一袋(20kg)あたり700円前後とすれば、1t/10aで35,000円前後となります。
ただ、苦土カルの場合、根こぶ病などの被害軽減につながる土壌pHにまで高めるには、転炉スラグの施用量の1/3〜1/2は必要になりますし、リン酸肥料や微量要素肥料を施用する必要も生じます。よって苦土カルだけの施用でも実際には6,000円、他の資材と合わせておよそ15,000円はかかることになります。
先述した通り、転炉スラグは一度施用すれば5〜10年程度は効果が持続するため、ある程度初期費用がかかることさえ乗り越えられれば、土壌酸度を矯正する方法の中でも後々楽な方法ともいえます。
転炉スラグ施用時の注意点
市販の転炉スラグには「粉」状のものと「粒」状のものがあります。土壌改良には粉状のものが適しています。ただし、粉状のものは散布時に飛散しやすいため、風のない日に散布を行います。
また従来用いられている土壌酸度矯正資材の苦土カルに比べ、マグネシウム含有率が低いので、転炉スラグを施用する際、10%程度の水酸化マグネシウムを併用したり、定期的に土壌診断を行って、不足分を補ったりすることが望ましいとされています。
加えて、高pH化にすることで可給態窒素(土壌からゆっくりと作物に供給される窒素)が増加するため、転炉スラグを施用する際は窒素の施肥量を減らすことができます。窒素の施肥を行わないことが望ましい場合もあります。
参考文献:後藤逸男・村上圭一『おもしろ生態とかしこい防ぎ方 根こぶ病 土壌病害から見直す土づくり』(農山漁村文化協会、2012年)
参照サイト
(2024年5月21日閲覧)