近年、日本の農業は「農業従事者の高齢化」によって労働力不足が深刻な問題として挙げられています。しかしIoT技術やAIの登場により、スマート農業が発展。特に「植物工場」は、機械によって農作物を育てるのに適した温度や湿度を管理することで、人の手が十分でなくとも野菜を育てられるとして注目されてきました。
しかしそんな植物工場に暗雲が立ち込めています。
日本施設園芸協会の調査によると、大規模施設園芸と植物工場の事業者の49%が赤字経営となっています。
植物工場への期待と厳しい現状
日本農業新聞によると、103の事業者が回答したこの調査で、大規模施設園芸と植物工場の事業者の49%が赤字経営となっていることが分かりました。
103の事業者のうち、
- 太陽光で栽培する事業者(太陽光型) 52
- 人工光で栽培する事業者(人工光型) 39
- 太陽光と人工光の併用 12
であり、全体の49%が赤字経営でした。
事業者の内訳ごとに見てみると、
- 太陽光型 黒字経営と赤字経営が42%と同じ
- 人工光型 赤字経営が54%
- 併用型 赤字経営が58%
となっています。
なお黒字経営であっても、営業利益率は過半数が5%以下と低い結果になっています。もちろん10%以上とした事業者もいますが、報告によると「10%以上」と回答した事業者は、
- 規模が他の事業者より大きい
- 4年以上の実績がある
といった特徴があり、経営が安定しているからこその回答だとされています。
植物工場がうまくいかない理由
ノウハウが確立されていない
「植物工場」という言葉は浸透しつつありますが、その技術は発展途上の段階です。
- 植物工場での野菜などの栽培方法
- 植物工場の管理ノウハウ
- 植物工場の経営ノウハウ
など、確立されていない部分が多々あります。
また、植物は生き物のため、どんなに生育に必要な光や温度などを調節したとしても、設備任せにできない出来事が起きる場合があります。研究室ベースで得た結果を工場ベースに置き換えたとき、それがうまくいくとは限らないのです。日々の観察と、観察結果に対応する力、植物の生理に対応する力がまだまだ足りていないのが現状です。
安定生産が難しい
研究室ベースと工場ベースでの生産に違いが生じることがあるため、軌道に乗るまでは安定生産が難しいことも「植物工場がうまくいかない理由」として挙げられます。例えば土を使わない水耕栽培に取り組んだある企業では、水耕栽培に使用した地元の水のカルシウム含量により水質が安定しなかったと言います。植物工場の規模が大きいと、温度管理も難しくなります。温度が均一にならなかったために、野菜の大半が生育不良になり、安定した出荷が見込めないケースもあります。
コストの問題
2018年7月に東京ビッグサイトで開催された「施設園芸・植物工場展 2018(GPEC)」の「GPEC主催者セミナー」では、赤字事業者の傾向として「光熱水道費が高い」ことが挙げられました。
10年前のデータにはなりますが、農林水産省と経済産業省が共同で出した「植物工場ワーキンググループ報告書」では、光熱費は施設栽培の47倍かかるという試算が挙げられました。施設園芸の光熱費が40万円に対し、植物工場は1860万円かかることになっていたのです。その頃よりも技術が進んでいますから、47倍ものコスト差は縮まっているはずです。しかし元々単価の安い野菜を生産すると考えると、植物工場で生産した野菜の販売先を考えなければ、採算をとるのは難しいと言えます。
販売先が開拓できない
植物工場で生産される野菜は、植物工場の初期投資や設備費、管理費などのコストがかかり、どうしても割高になってしまいます。消費者の食に対する安心・安全志向は高まりつつありますが、それでも安さを重視する消費者は少なくありません。
今後の展望
うまくいかない理由をあげましたが、植物工場で生産された野菜に需要がないわけではありません。例えば植物工場での栽培は、土壌ではなく養液を利用した水耕栽培が主流です。そのため土壌や空気を媒介する雑菌汚染の心配がなく、農薬を使わずに野菜を育てることができるため、付加価値をつけることができます。
経済産業省の消費者調査によると、植物工場で栽培された野菜を購入・理由している理由として、
- 農薬や害虫の心配がない
- 規格・品質の安定
- 新鮮
などが挙げられており、安さを重視する一般消費者もいる一方、植物工場野菜に価値を見いだしている層もいる、ということがわかります。
一般消費者ではなく、惣菜などを製造する工場や外食チェーン、コンビニなど、中・外食業界にニーズが高まっています。虫が混入していたり、菌が付着している心配が少ない工場野菜は、加工食品に使いやすいのです。そのうえ、天候に左右されず安定供給が可能なので、価格変動の影響が少ないのも、中・外食業界にとってはありがたいことです。
また「植物工場」には、地域活性化につながる効果もあります。京都府舞鶴市は、閉校した小学校を植物工場を開設するベンチャー企業に貸し出し、地区の活性化をはかっています。水耕栽培の技術と設備さえ揃えば、野菜の栽培ができる例であり、今後も同様の事例が登場するのではないかと期待できます。
参考文献