近年、インターネットを活用した商品販売が急速に普及しています。ネット販売は、店舗を持たずに全国どこからでも顧客を獲得できます。農産物のネット販売も広まりつつあり、ネット販売は農家にとっても有利な販売手法として注目されています。
たとえばネット販売であれば、消費者に直接商品を届けられることから、生産者はより多くの利益を得られるという利点があります。
ただし、どの販路で販売するかによって、消費者のニーズが異なることも事実です。ネット販売を利用する消費者と、スーパーや直売所で買い物をする消費者では、商品に求める要素や価格帯に差があります。そのため、生産者は自分のターゲット層をしっかりと把握し、それに応じた販売戦略を練ることが重要といえます。
そこで本記事では、販路別に異なる消費者ニーズに注目し、どのように販売すれば売れやすいのかを解説していきます。
消費者ニーズがヒントになる
農産物の販売で成功するためには、まず消費者が何を求めているのかを理解することが不可欠です。
特に最近の消費者は、農薬の使用状況や栽培方法、産地情報などに敏感です。また、購入する際には、鮮度や味わい、保存方法などの情報を求める傾向が強くなっています。したがって、消費者のニーズをしっかりと把握し、商品に関連する情報を積極的に提供することで、信頼を獲得しやすくなります。
生産物にどんな情報を求めている?
たとえば、農林水産省は野菜や果物の消費動向に関するさまざまな調査を行っています。2014年に20〜60代の男女1,035名を対象に実施されたWebアンケート調査では、消費者が生鮮食品を購入する際に求めている情報に関するデータがまとめられています。古いデータではあるものの、後述する“購入する際に求めている情報”は参考になるはずです。
この調査ではまず、消費者の約7割が野菜や果物に対して「こだわり」を持っている、もしくは将来的に「こだわり」を持ちたいと考えていることが明らかになっています。特に女性や50代以上の消費者において、その傾向が強く、さらに、世帯年収が高くなるにつれて、消費者の「こだわり」も強くなり、収入に応じて情報ニーズも変化することが示されています。
消費者が求める情報は、価格だけではありません。食べ物の質に直結する情報が中心となり、具体的には「食べ頃」や「鮮度の見分け方」、「味に関する情報(糖度や酸度)」などが特に重視されています。また、「適切な保存方法」や「産地情報」も、こだわりを持つ消費者にとって重要な情報となっています。
一方で、アレルギーや食事制限がある消費者は「アレルギー情報」や「ブランド情報」へのニーズが高いことが特徴です。そのほか、消費者が高い関心を示す内容には食品の履歴情報、たとえば「農薬使用の有無」や「産地名」や「栽培方法」などがあり、食品の透明性を重視する傾向が見られます。
消費者が求める食品情報をまとめると、以下の通りです。
- 食品スペック:生産物の「味」「鮮度」などを把握したい
- 見分け方:生産物を見分ける方法などを把握したい
- 食べ方:生産物の美味しい食べ方について知りたい
- 保存方法:生産物の保存方法について知りたい
- 農薬情報:農薬利用の有無や利用量について知りたい
- 産地情報:産地について知りたい
- こだわり:生産物の「こだわり」や「差別要素」などを把握したい
どんな情報源で情報を得ている?
次に、消費者がどのような方法で上記情報を入手しているか、または入手できることを望んでいるかについて。
先述した情報ニーズに応えるため、消費者は便利な方法で情報を入手することを望んでいます。特に、自宅や外出先でスマートフォンやタブレットを使って情報を得られることが好まれており、また、店頭でのタッチパネル型のPOP表示も支持されています。
なお、「食生活・ライフスタイル調査~令和5年度~」では、調査の目的やアンケート回答者数などに違いはありますが、普段の情報の入手経路は従来型メディアでは「テレビ」が6割強、インターネット関連では「ニュースサイトなど」が6割強となっています。
ちなみに年代別で見ると、若年層と高齢層では入手経路に差があり、若年層の男女ではインターネット関連の情報入手経路として「ニュースサイトなど」のほかに「YouTubeなどの動画投稿サイト」や「SNS」の割合が高かったとあります。
そのほか、このような結果が記されています。
・普段の買い物と食に関して重視することは、どちらも「同じような商品であれば出来るだけ価格が安いこと」が最も高い結果となっている。
・買物場所(Q12)は「食品スーパー」が突出して最も高い。
・生鮮品や加工食品は国産を選ぶ方(Q13)は生鮮品が6割、加工品は5割強。
販売別に異なるメリット・デメリットまとめ
農協(JA)に出荷
農協のウェブサイトではこのように記されています。
生産者(組合員)が育てた農畜産物を販売し、消費者に届ける販売事業は、生産者の所得向上に直結する重要な事業です。販売事業の中核は、「共同販売」です。個々の生産者が生産した農畜産物をJAが集荷して、サイズ・品質・規格を選別して安定的に出荷することで、有利販売に結び付けています。このように、生産者個人では難しい、スケールメリットを発揮できることがJAの大きな強みとなっています。
安定的な出荷のため、農協は農産物のサイズ・品質・規格を選別します。そのため、ニーズは「農協の規格」といえます。
なお、地域や商品によって異なるものの、農協で農産物を販売する際は売上代金(税込)の約8%と決済関係手数料がかかることが一般的です(JA全農が運営する産地直送通販サイト「JAタウン」で商品を販売する場合)。
ですが、農協は生産者に対してマーケティングや販売促進活動のほか、計画申請や農薬使用報告など煩雑な書類作成などを支援してくれます。
また近年、JAグループでは消費者ニーズの変化に対応するため、カット野菜やパックごはんなどの加工品や、国産農産物を用いた総菜の提供を進めています。また、インターネット通販や直売所、輸出を通じた販路拡大にも取り組み、国内外での需要拡大を図っています。
農協に出荷するには、安定的な出荷のために設けられたサイズ・品質・規格などの厳しい条件をクリアする必要がありますが、基準をクリアしていれば全量買い取ってもらえるというメリットがあります。ただし、農協が買い取る価格は市場に左右されるため、安値となる日もあります。
自分が生産した農作物に適正価格をつける自信がないという人や、流通経費を削減したい人、資材を用意するなどの労力を削減して生産に集中したい人などには農協への出荷がおすすめです。
卸売市場へ直接出荷
卸売市場では、生産者が生産した農産物を全国から集め、八百屋やスーパーなどに販売します。全量引き受けが可能なため、在庫リスクが少ない一方、相場変動による影響を受けやすく、恩恵を受ける場合もありますが、供給量が過剰な場合には安値での取引を強いられることがあります。
在庫管理やリスク軽減に役立ちます。
一方で収益が安定しないこともあるため、市場動向の分析が重要です。
関連記事:卸売市場に出荷するメリットについて。生産に専念したい人におすすめ!
直売所・道の駅で販売
新鮮で美味しい商品を手頃な価格で提供する直売所や道の駅に魅力を感じて、地元住民や観光客が足を運びます。そんな直売所や道の駅では、生産者が自由に価格を設定できるため、卸売市場よりも高い利益を得やすい傾向があります。また、消費者との直接コミュニケーションを通じて、販売状況や商品のフィードバックを得ることができ、消費者のニーズに応じた販売活動ができます。
自ら価格を設定したい人、消費者と積極的にコミュニケーションを取り、さらなる売上向上につなげてたい人におすすめの販路といえます。
ただし、直売所・道の駅での販売は委託販売形式が多く、納品量のすべてを買い取ってくれるわけではありません。売れ残った場合、返品が必要となることも。
直売所での販売は、生産規模に関係なく、初心者でも気軽に参加できますが、マーケティング力や顧客との信頼関係が求められます。卸売市場の価格が下落した際、リスクヘッジとなる販売先として考えるのもおすすめです。
関連記事:農産物直売所で稼ぐために何が重要か。直売所で売れる野菜や売り方のポイント。
スーパーなどの小売店での販売
スーパーマーケットの地場野菜コーナーでは、生産者が直接契約して販売する場合も増えています。知名度の高い量販店を通じて、広範囲の消費者にアプローチできる点がメリットです。
一方で品質やコストパフォーマンスが重要視されるため、競争が激しく、他の商品に埋もれてしまうこともあります。さらに、卸業者を介した取引では、手数料が発生するほか、特売イベント時に納品量や価格の調整が必要になることもあります。
販売する際は、店舗の棚スペースに限りがあるため、効率的なプロモーションが重要です。
飲食店での販売
飲食店向けの販売は、契約取引が基本となるため、安定的に販売できる点がメリットです。特に、オーガニックや特定の品質基準を満たす農産物は、飲食店に好まれる傾向があります。
ただし、契約条件に基づいて安定供給する責任が生じるため、生産者には一定の供給体制と品質管理が求められます。一度取引が成立すれば、長期的な取引関係が築ける可能性がありますが、条件を満たさない場合には契約が途絶えるリスクもあります。
とはいえ、飲食店との取引は、生産者の信頼を高め、ブランド力を育てる機会になるといえます。
ネット販売
ネット販売の最大の利点は、地域の制約がなく、全国の消費者にアプローチできる点です。ECサイトを通じて消費者に詳細な商品情報を提供でき、鮮度の高い農産物を直送できます。また、付加価値の高い商品やニッチな農産物を販売するのに適した販路といえます。
定期配送サービス等、安定収入の手段として有効な一方、デメリットには送料の負担が発生する点があげられます。
ですが、ネット販売を通じて、自分のブランドや生産者名を広めることが可能なことから、消費者と直接関係を構築する効果も期待できます。
イベント販売
マルシェなどのイベント販売は、こだわりの食材を求める意欲の高い消費者にアプローチできるチャンスです。新しい商品や品種をテスト販売することで、消費者からのフィードバックを得られれば、価格設定や味の改善に役立てることができます。また、イベントでの販売は、商品やブランドの認知度を高めるための良い機会となります。地域のマルシェに参加することで、特定のターゲット層へのアプローチができ、今後の販路拡大につなげることが期待できます。
ただし、一般的にイベント出展には費用がかかる上、加工品などを販売する際には食中毒はもちろん、品質の悪いものを出さないための徹底した食品衛生管理が必要になります。また、消費者と直接やりとりするわけですから、接客などのコミュニケーションも求められます。
海外への輸出
日本の農産物の輸出は、有機食品市場の成長に伴い、特に注目されています。ECサイトを活用して海外の消費者に直接販売することも可能であり、ブランド化や認知度向上の機会となります。また、近年では和食人気の高まりや健康志向が強まり、日本産農作物の需要が増加しています。
海外輸出は、国内市場のリスク分散にもなり、収益性を高める手段として有効ですが、輸送コストや品質維持の課題も伴います。長期的な視野でのブランド戦略が重要です。
販売別ニーズに合わせた戦略
まずはターゲットを決める
どの販路を選ぶかによって、販売戦略は大きく変わります。そのため、まずは自分の農産物がどの層の消費者に向けて販売されるべきかを明確にすることが重要です。たとえば、高品質な有機栽培の野菜をネット販売する場合、購入者層は健康志向が高く、食材にこだわりを持つ人々が多いはずです。一方で、卸売市場を通じて量販する場合には、品質の均一性や価格の安さが求められることが多くなります。
また、栽培方法や農業のやり方も、販路やターゲットによって変える必要があります。JAへの出荷では、JAが定める基準に沿った栽培方法が求められますが、ネット販売や直売所での販売では、無農薬や有機栽培など、消費者のニーズに応じた栽培方法を採用することで差別化を図ることができます。
価格設定を適切に行う
価格設定は、販路ごとに異なる消費者ニーズに応じた調整が必要です。ネット販売では、高品質でこだわりのある商品に対しては高めの価格設定が許容される一方、卸売市場では相場に応じた価格が求められるため、コスト面での工夫が必要です。
さらに、価格設定を行う際には、利益率だけでなく、消費者が感じる「価値」と「価格」のバランスを考えることが重要です。適切な価格設定は、消費者の満足度を高め、リピーターを増やすための重要な要素となります。
先述したように、価格を設定するのが難しいと感じる場合には、農協(JA)や卸売市場への出荷がおすすめです。
複数の販路を確保・拡大する
さまざまな販路を紹介してきましたが、複数の販路をもつことで売上減少のリスクを軽減することができます。たとえば新型コロナウイルス感染症の拡大の影響で、外食産業に野菜を供給していた農家の売上が下落した事例があります。ですが、農家の中にはスーパーマーケットへの卸しやオンライン販売など複数の販路をもっていたことで、影響を最小限に抑えることができた事例もあります。
販路ごとに求められる販売方法が異なるため、同じ規格の商品をそのまま複数の販路に供給できない可能性が高く、手間に感じられる部分もあるかと思います。ですが、売上減少のリスクを見越して、販路ごとに柔軟な対応をしつつ、複数の販路を確保・拡大することもおすすめです。
さまざまな販売方法に挑戦する際の注意点
販路によっては高価格帯の商品が売れる場合もありますが、高価格帯の商品を販売するために労力をかけすぎることは避けたいところ。収支のバランスと労働時間の管理に注意してください。
たとえば収益性の高い商品に感じられても、そこには商品の調整や配達にかかる労働時間が計算されていないこともあります。販路を拡大しすぎると、増産が難しくなったり、栽培管理やそれ以外の作業で人手が必要になることで予定外の人件費が発生することもあるはずです。農作物の生産「以外」のコストを無視すると、実質的な利益は低下し、持続可能な運営が難しくなってしまいます。
また、やや匙加減の難しい話ですが、販売に力を入れすぎるとかえって消費者が離れてしまう可能性があることにも注意が必要です。過剰な広告や強引な売り込みはNG。特にネット販売やイベント出展など、直接消費者とやりとりできる販路で農作物を販売する際は、消費者の不信感を招くことがないよう、誠実で丁寧な対応を心がけ、販売後のフォローにも力を入れることが大切です。
参考文献
- 澤浦彰治『小さく始めて農業で利益を出し続ける7つのルール』(ダイヤモンド社、2010年)
- 折笠俊輔『農家の未来はマーケティング思考にある EC・直売・輸出 売れるしくみの作り方』(イカロス出版、2021年)
参照サイト