前回、「日本における企業的大規模農業の実現」は、日々、作物を育てている現実の農家にとっては「常識」ではなく、まさに、「見果てぬ夢」なのです…と書きましたが、今回は日本の企業的大規模農業の実態について考えてみます。
2000年代の小泉政権からわが国の農業政策は大きく方向転換しました。
今までのバラマキ型農業政策からプロの農業法人等へと政策を転換したのです。その政策理念を一言で言えば、「家族労働力を中心とした家族経営体は規模が小さく生産効率が悪いので、株式会社や他分野からの人材や資金力を積極的に投入した企業的経営体が必要」となります。
この理念を実現するために、国は2014年に農地中間管理機構(農地バンク)を立ち上げ、農地集積・農地集約を推進し、規模拡大によるプロの農業法人化を進め、法人化した農家(集落営農も含む)に対し、農業補助金を厚くする政策を実施したのです。
この法律の狙いは、農地の中間的受皿組織を立ち上げ、そこに農地を集中し株式会社等の組織経営体を増やすことだったのです。国が肝いりで始めた農地中間管理事業による農地集約による規模拡大、および、その延長線上にある株式会社等の法人経営は国の思惑通りに増加したのでしょうか?
図-1は2015年と2020年の経営耕地面積規模別経営体数割合を示したものです。この図から2015年と2020年の全経営体数に占める10ヘクタール未満の経営体数の割合は、2015年95.89パーセント、2020年94.40パーセントと圧倒的に多いことが確認できます。
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図-2は2015年と2020年の組織形態別経営体数割合を示したものです。
この図からは、2020年の全経営体に占める法人経営割合は2.85%に過ぎなかったことが分かります。図1と図2の数字は、日本の農家は、国の思惑取りに規模拡大も法人化も目指さなかったことを示しています。
《それでは、日本の農家は、なぜ、法人化と大規模化を選択しなかったのでしょうか?》
その理由は、現場の農家は自分たちが規模を拡大して株式会社を含む法人経営体になってもメリットがない、言い換えれば、儲からないと考えていたからです。この点を農林水産省の農業経営調査を用いて確認してみます。
2019年と2022年の「農業経営調査」(営農類型別経営統計)の水田作経営の法人経営体の水田面積作付規模別統計から法人経営体と個人経営体に分け、営業利益、経常利益、営業外収益、および、共済・補助金等受取金を分析すると、以下の点が確認できます。
- 2019年と2022年においてすべての法人経営の営業利益は赤字であり経常利益は黒字であること。
- 経常利益の黒字は営業外収益からもたらされており、営業外収益は共済・補助金等受取に依存していること。
- 2019年と2022年の個人経営体はほとんどの階層で営業利益は黒字になっていること。
具体的な数字を示せば、2022年の50ヘクタールから100ヘクタールの水田作法人経営では、経常利益は973万8000円となっていますが、営業利益は2557万8000円の赤字であり、補助金を含む営業外収入が3602万3000円となっており、これでどうにか黒字になっているのです。経常利益=営業利益+営業外収益-営業外費用を参考にしてください。
この数字は、大規模農業法人は、共済・補助金等の農業補助金が無ければ経営が成り立たないことを示しているのです。地域に住む農家はこの事を知っているのです。だから、彼らは自分たちの経営を大規模化・法人化にはしなかったのです。
実は、「日本農業には規模の経済が発生しない」ことは、農業経済学では40年以上前から示されていたのです。次回は、この「規模の経済」について考えてみます。
稲田宗一郎(いなだ そういちろう)