日本で大規模農業は可能なのか?

日本で大規模農業は可能なのか?

昨年、農水省は基幹的農業従事者数が2000年の240万人から2022年の123万人に半減したと報告した。特に2015年から2020年の5年間で2割以上減少しており、2000年以降で最大の減少割合となった。この減少のスピードが今後も続くとすれば、10年後、20年後の基幹的農業従事者数は大幅に減少することは確実だ。このような農業をとりまく状況の中で、国は少ない経営体で農業生産を支えることを農政の基本にすえ、それを実現するために、ITやAIを駆使した「少数精鋭」による大規模農業が必須だと言っている。

4月に北海道北竜町に行く機会があったので、友人の元農家に現地を案内してもらい大規模農業の現場を案内してもらった。
北海道北竜町は滝川市の北、深川市の西に位置し、留萌市と増毛町に隣接した人口約1,700人(2020年)の小さな町で「ひまわりの町」として有名である。町の基幹産業は農業である。2020年の農林業センサスによると、水稲は120の 経営体で、面積は1728haである。このうち100ha以上の経営体は3経営体となっている。
しかし、友人の話によれば、これらの農業法人はこれ以上の規模拡大は難しいと考えているらしい。その理由として、農場に近い優良農地は既に集積が終わっており、これから出てくる農地は圃場条件が悪い農地だということだ。友人の案会で基盤整備が終了した地域を案内してもらった。写真は基盤整備が終わった農地である。

 

(基盤整備が終わった圃場:石ころが目につく)

友人はこの基盤整備が終わった圃場は1つの法人が引き受けたが、本社のある集落とは離れていて、また、石ころが多く条件が良い圃場とはいえないとの事だった。この後、車で20分ほど移動して、この法人の本社近くに移動した。圃場の中に大きなハウスが何棟もたっていたので、筆者はトマトのハウスかと聞いてみた。

 

(大規模圃場の中にある育苗用ハウス)

「あれは育苗ハウスだ。大規模になるほど沢山の苗が必要だから、結果として大きな育苗ハウスが必要になり、それに合わせて育苗と田植えに多くの労働力が必要なんだ(注)。この法人は、育苗と田植え作業を減らすために、乾田直播をやりたいと言っているが、技術がまだ十分でなく収量が低いらしい。北海道農業試験場の話では、実用化レベルまでにはあと7年程度はかかるらしい」
「なるほど、水田に比べて乾田直播だと労働力は大幅に削減できるからな」
「あとは、大規模経営には農機具が必要となるが、農家は保有している農機具に応じて規模を決めるから、あらたに規模拡大すると農機具と人手が必要になる。しかし、機械は高額の上、人手不足だ。だから、新たに投資してもコメでは投資に見合う収益を確保できない」
などと、地域の水田の規模拡大は限界に近づいていると悲観的に説明してくれた。

私も国が推進するITを活用した大規模農業には疑問を感じていた。その理由は、IT農業は基本的に人を極力少なくすること、つまり、最終的には人がいらない農業を目指しているからだ。仮に国が推進する大規模農業法人が実現するとすれば、地域には少ない人しか住まないことになる。例えば、人口1700人の北竜町で考えてみれば、1700haの水田を1法人が300ha経営するとすれば6法人で可能だ。各法人が数人、たとえば、5人の正規従業員を雇っても、全員で30人に過ぎない。つまり、生産性、コストを追求するとなれば、結局のところ、少数の人間しか住まない地域となる。さらに言えば、パート雇用を外国人に依存しても、彼らを年間雇用できる仕事はない。そうなれば、商店もなくなり、インフラを含めた生活環境が劣化し人が住みにくくなり、北海道を始めとして全国の地域で、増々、過疎が進行することになる。
市場原理に基づく経済合理性、単純に言えば金儲けを最優先にする企業農業に突き進めば、結局のところ、「コミュニティが形成できる人数が住み、暮らしたくなるような生活環境」が失われた地域が待っていることになる、

(注)
北竜町のHPによると、大規模育苗には次の作業が必要となる。
1.発芽・種籾調整
種籾を穀物酢入り温湯の水槽に浸漬(しんし)・温湯30度程で3時間浸漬させ、 発芽機で一夜寝かせます。その後、 脱水機で水切りをして乾燥させます。
2.土通し
ハウス内に盛り上げていた土を均一に砕いて播種機まで運搬します。
3.播種:播種機に土・種籾を投入する作業
播種機で育苗マットに土入れをし、 播種しさらに覆土していきます。
4.箱運搬
育苗マットをハウスまでトレーラーで運搬します。
5.箱の設置
ハウスの床土に育苗マットを「ポンピタ機」で並べていきます。
6.播種後、シートをかけて温度湿度調整
7. 苗床から育苗箱をカゴに積め、軽トラへ乗せ苗への散水作業
8. 田植え機に肥料・育苗箱をセットし、田植え作業が開始
この田植え作業には5台の田植機と15台の軽トラをフル回転させ、100haの田植え作業には8日間かかかるとのことだ。

 
 

【プロフィール】
稲田宗一郎(いなだ そういちろう)
千葉県生まれ。小説『夕焼け雲』が2015年内田康夫ミステリー大賞、および、小説『したたかな奴』が第15回湯河原文学賞に入選し、小説家としての活動を始める。2016年ルーラル小説『撤退田圃』、2017年ポリティカル小説『したたかな奴』を月刊誌へ連載。小説『錯覚の権力者たちー狙われた農協』、『浮島のオアシス』、『A Stairway to a Dream』、『やさしさの行方』、『防人の詩』他多数発表。2020年から「林に棲む」のエッセイを稲田宗一郎公式HP(http://www.inadasoichiro.com/)で開始する。

 

農の風景カテゴリの最新記事