若き苗木経営者-適地適木-

若き苗木経営者-適地適木-

 

4月下旬に中富良野町にある安藤山林緑化株式会社の4代目の若い友人と会うために富良野に向かった。富良野に着いたのは14時ころだったので、少し町をぶらつきながら、「支那虎」と言うラーメン屋で遅いランチをとり、本日の宿である「FURANO NATULUX HOTEL」に早めにチェックインした。このホテルには温泉があり、その温泉の湯に浸かりながら、本日、再会する友人のA君の事を思い出していた。
A君の会社は林業用の苗木を生産している会社で、3代前の曽爺さんが北海道の森林を復興させたいという思いから1918年に創業したのだ。A君は、その4代目で東京農業大学国際バイオビジネス学科を卒業し、自社のモンゴル事業のスタートアップとしてモンゴル現地法人に入り2年半の経験を積んで帰国した。モンゴルでの事業は、残念ながら、うまくスタートできなかったようだが、その代わりに、素晴らしい伴侶をみつけたようだ。今では4人の子供にも恵まれ楽しく暮らしている。

18時にホテルのロビーで迎えに来たA君と待ち合わせ、「侘助」という小料理屋に向かった。
まずは、ビールで乾杯、
「Aと会うのは5年ぶりだな。確か、十勝清水で仕事がありその帰りに寄ったな」
「そうでしたね。確か、ホテルも同じでした」
などと杯を重ねた。

僕は苗木生産については良く知らなかったので、ビールを飲みながらA君から苗木生産のレクチャーを受けた。A君によると、
「北海道の苗木生産は、内地に比べ、寒い冬を越さなければならないから植え付けした苗木を冬が来る前に掘りおこし、ハウスで越冬させ、また、春に植えなおすという手間をかけて育てている、そのために内地と比べ労働力、すなわち、コストがかかるので、それをカバーするために面積を大きくし、販売量を増やして対応している。さらに、富良野の土地は、火山灰性黒色土という苗木生産においてはあまり適さないので、地元の畜産農家や農協などからの「堆厩肥」を購入し積極的に土づくりを進めている。このように、苗の植え替え、土づくり、収穫に多くの労働力が必要となるので、従業員もパートを含め18人ほど雇っている」
との事だった。

このA君のレクチャーを聞いた後で、
「A、社長は大変だな。18人近い従業員がいて、その従業員に給料を払わなければいけないからな」
「そうなんですよ、稲田さん、従業員だけではなく彼らの家族も養わなければなければならない。おまけに、こっちは、冬は雪でしばれるから仕事が少なく大変ですよ。今、冬の仕事も含め森林組合と調整しているところです。何とかこの仕事が軌道にのればよいのですが」
「森林組合との仕事がうまくいくことを祈っているよ。18名ほどの人を雇っているってことは、地域雇用にとってAの会社は重要ってことだよな。中富良野の人口が約4500人、地方には仕事が少ないことを考えると、特にそうだよな」
「実は、稲田さん、昨年、母校の農大オホーツクキャンパスから新卒で一人採用しました」
「母校から卒業生を採用するなんて立派なもんだよ。そういえば、ホテルでAの会社のHPをみたら、北海道が進めているクリーン何とか言う新品種もAのところで育てているらしいな。ところで、クリーン何とかってなんだ」
Aは僕のアホな質問に笑いながら、
「その品種はクリーンラーチですよ。クリーンラーチは、育成が難しいとされているカラマツとグイマツを掛け合わせた新しい品種です。うちでは、この新品種の育成作業を、機械を使わずに、あえて手作業で行うことで対応し、ようやく軌道に乗ったところです。また、クリーンラーチは、材密度が高く材積が大きく炭素固定量も他の品種と比べて7~20%高く、地球温暖化防止への期待が高まっている新品種です」
と教えてくれた。

さらに、僕を驚かせたのは、

<Aは多種多様な植樹の育成と安定供給に加え、作業の機械化を進め労働環境の改善を図り、優れた育苗技術を発揮し経営改善に努めた功績で2020年の「農林水産大臣賞」を受賞していたのだ>

僕は、若い時のヤンチャなAを知っていたから、Aの経営者としての資質に驚いたのだった。人間は成長するのだ。僕は、驚くと同時に、年寄りの自分には成長があるのだろうかと考えてしまった。
Aはビールをやめ日本酒に切り替えた。
グラスに注いだその日本酒を「ゴクリ」と飲み干す時の手の動きが「キマッテ」いた。
Aは目の前にある日本酒を飲み干し、
「すいません、もう一合お願いします」
と女将に声をかけた。
その姿が頼もしく感じられた。

 

【プロフィール】
稲田宗一郎(いなだ そういちろう)
千葉県生まれ。小説『夕焼け雲』が2015年内田康夫ミステリー大賞、および、小説『したたかな奴』が第15回湯河原文学賞に入選し、小説家としての活動を始める。2016年ルーラル小説『撤退田圃』、2017年ポリティカル小説『したたかな奴』を月刊誌へ連載。小説『錯覚の権力者たちー狙われた農協』、『浮島のオアシス』、『A Stairway to a Dream』、『やさしさの行方』、『防人の詩』他多数発表。2020年から「林に棲む」のエッセイを稲田宗一郎公式HP(http://www.inadasoichiro.com/)で開始する。

 

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