共同通信のサイトで連載している「コラム:農大酵母の酒蔵を訪ねて」で取り上げた蔵元は、「農業」・「地域」・「文化」に対し、それぞれ、独自の考えをもっている。今回は、この中から「農業」を取り上げ、「酒蔵と農業」の視点から日本酒造りを考えてみよう。まずは、いくつかの蔵の「農業感」について紹介しよう。
浅間酒造(長野県長野原市)
この酒蔵は、原料の酒米にも地元の酒蔵らしいこだわりがある。蔵元の櫻井武氏は、「酒作りとしてはワインの造り手が葡萄から育てるように、私たちも米から栽培することで“真の地酒”を醸したい。そんな思いから、うちの蔵では2011年に酒米の栽培をスタートしました。さまざまな品種から選んだ「改良信交」は、長野原の土地によく馴染む酒米です」と語り、この酒米の生産は地元の耕作放棄地を借りて栽培しているとの事だった。武社長の案内で中山間の田んぼを案内してもらったが、現在、作付している田んぼは、数年間、耕作放棄のままで雑草が生い茂り土地も固くなっていた土地だった。そこに、重機をいれ、もとの田んぼに戻すところから始めたという。
一の蔵(宮城県大崎市)
コメについては、地元の農家の方々と『酒米研究会』を立ち上げ、2004年には『一ノ蔵農社』を設立し農業に参入しました。地域の耕作放棄地を引き受け、現在、専従社員で20haのコメを生産しています。農社のコメつくりには、原料米生産以外に酒米の試験栽培的な意味合いもあります。
関谷醸造(愛知県設楽町)
農業への取り組みは、2006年からの「地域農家の耕作放棄地を活用した酒米つくり」が始まりです。この取り組みは、現在、38haまで拡大し、「夢山水」、「チヨニシキ」、「若水」と「祭晴れ」を4人の職員で栽培しています。4名のうち2名は農業専任職員で、2名は酒造りと兼任しています。この酒米の栽培経験を活用し、今では、契約栽培農家にコメつくりの指導を行っています
中尾醸造(広島県竹原市)
日本最古の酒造好適米である雄町米(おまちまい)を、竹原市仁賀地区の農家と契約し1万6000平方㍍、広島県神石郡神石高原町で1万3000平方㍍を無農薬栽培しています。雄町米とは160年前に発見され、品種改良されることなく栽培されている唯一の酒米品種です。
浦里酒造(茨城県つくば市)
「浦里」ブランドでは、コメ・水・酵母・麹菌のすべてを茨城県の原材料で造った「オール茨城酒」に取り組んでいます。「浦里」の純米酒では「五百万石」、純米大吟醸では「吟のさと」と茨城県産の酒米のみを、特に純米吟醸は小川酵母と茨城生まれの酒米「ひたち錦」を使用した「オール茨城酒」を醸しています。
来福酒造(茨城県つくば市)
10代目の藤村氏によれば、「ここ5年、10年は、地域の農業は大丈夫だと思うが、20年後の農業はどうなるのか?米を作る人がいなくなり、農業が無くなれば、日本酒も作れなくなる。来福は地域に支えられてここまでこれた。これからは、将来農業をやることで、地域への恩返しも考えている。酒造りは冬、コメつくりは夏、この季節性を活用した蔵元のコメつくりは可能性があるのではないか。ひいては、それが、地域農業を支えることにつながるのではないか」と地域農業の衰退を危惧している。
このように、それぞれの蔵は、酒米を通して農業との繋がりが深い。特に、多くの蔵では地域内の耕作放棄地を活用した酒米つくりに取り組んでいる。この活動を、角度を代えてみれば、蔵元が地域農業をある面で支えていると言うことができる。なぜならば、近年の後継者不足による耕作放棄地の増加、消費者のコメ離れは、地域農業そのものの崩壊につながりかねないからだ。
さらに、一の蔵と関谷醸造の話によれば、酒米を自家栽培する酒蔵で結成された「農!と言える酒蔵の会」があるとの事である。ワイン業界では、ブドウが育った地域の気候や土壌、地形、水など土地の特徴を表現するときに「テロワール」という言葉が良く使われている。これに対して、日本酒では米を育てた地域と酒を醸す場所が異なるのが一般的なために、厳密な意味での「テロワール」は成立しにくい。しかし、酒蔵が地域農業を支えるとの視点から「テロワール」を捉えることが出来れば、ワインの「テロワール」とは異なる日本酒による日本酒のための「テロワール」の新たな考え方が成立するのではないだろうか?
稲田宗一郎(いなだ そういちろう)