マーケットのかたちー青果物市場と原材料市場の違いー

マーケットのかたちー青果物市場と原材料市場の違いー

 

ロシアのウクライナ侵攻で世界の食料価格とエネルギー価格が高騰しています。
今回は、食料価格の高騰の背景を青果物市場と原材料市場を比較して考えてみます。
経済学の教科書では、市場とは築地市場と言った具体的な場所を指すものではなく、買い手と売り手が出会い商品を取引きする場(空間)だと定義しています。したがって、ネット空間上の株式市場や為替市場も代表的な市場なのです。
それらの市場の中で、野菜や果物を扱う太田市場などは現物の商品が目に見える形で取引される代表的な市場です。このような青果物市場における価格は、需要と供給によって決まると考えられています。つまり、天候に恵まれ野菜が豊作な時は供給量が多くなり価格は安くなり、大雨や異常気象の時は供給量が減り価格は高くなります。
今回のロシアのウクライナ侵攻の影響を考えてみましょう。ロシアのウクライナ侵攻により、小麦や原油や肥料の原料となるリン酸アンモニウムなどの価格が高くなっています。小麦の価格が上がれば、小麦を原料としているパンの価格は上がります。また、原油の価格が上がれば、農業用資材、たとえば、ビニールや農業機械の燃料代は上がり、リン酸アンモニウムを原料とする肥料の価格も上がります。その結果、農家は、コストが上昇するので生産量を減らす行動をとり、供給量が減り農産物の価格は上がります。

―ここで皆さんに質問ですー

《ビニールや肥料、燃料代の価格上昇率とマーケットの農産物の価格上昇率は同じでしょうか?》

答えはNOです。

なぜNOなのか簡単に説明しましょう。原油やリン酸アンモニウムの価格が上昇すると、原油精製会社や肥料製造会社は、原料代のコスト上昇を計算してガソリンや軽油や肥料の価格を値上げします。これに対し、

《価格が上がった軽油や肥料を使ってほうれん草を生産している農家は、原料価格の上昇分を上乗せした価格で、ほうれん草を売ることができるのでしょうか?》

答えはNOです。

その理由は、農家はほうれん草を市場に出荷するからです。市場では、基本的には「セリ」で価格が決まるために、その価格が、コストの上昇分を保証した価格になるとは限らないのです。つまり、肥料等の仕入価格はメーカーが原料上昇分を上乗せした価格で決まるのに対し、市場価格(販売価格)は、仕入価格と連動していないマーケット価格で決まるのです。仕入価格と販売価格が異なる価格決定メカニズムに組み込まれている農家は、論理的に、メーカーに比べて、コスト上昇分の価格を手にする確率が低いことになります。

それならば、皆さんは、農家はスーパーと市場を経由せず直接契約すれば良いと思うかもしれません。確かに一部のスーパーでは、生産者との直接取引を導入していますが、全部ではありません。なぜかと言えば、青果物は天候に左右されるので、契約農家が契約通りに野菜を納入できない場合があるのです。そこで、スーパー側は取り扱う野菜のすべてを契約栽培にはできないのです。

<皆さんがスーパーの野菜売場に立った時に、いつもある大根やレタスが置いてない状況を想像してみてください>

そのとき、皆さんは、スーパーの店員に、「なぜ、大根が無いのか」と尋ねるでしょう。大根やレタスだけではなく、もし、何回か小松菜やトマトなどの野菜が店頭に無い状況が続くと、皆さんはそんなスーパーには愛想をつかし、他のスーパーに買い物に行くでしょう。そうならないために、スーパーは生産者からの直接購入の他に、市場からの購入ルートも確保しているのです。

さらに、小売価格の硬直性と言う野菜や果物特有の現象があります。これは、卸売価格が変化しても小売価格は、卸売価格に連動して変化しないということです。

<スーパーの野菜売場での消費者の心の中を想像してみてください>

消費者は、頻繁に購入する野菜の価格が変動、つまり、一昨日、ひと束100円の小松菜が、今日は200円になることは好みません。消費者は小松菜を買うのは止め、安い野菜を買うことになります。多くの消費者が同じような行動を取ると、スーパーの売上や仕入に大きな影響を及ぼします。

そこで、スーパー側は、卸売価格(仕入価格)が多少変動しても、それに合わせて小売価格を変化させないのです。もしも、仕入価格に合わせ、日々、販売価格を変えていたら、その店に買い物に来る消費者は戸惑い、価格が安定しているスーパーに流れる可能性があるのです。

この小売(販売)価格の硬直性が、スーパーの力を強めることになり、それが結果として、仲卸の納入価格の引き下げ圧力になり、卸売市場の「セリ価格」の引き下げ圧力に繋がるのです。この行動が、「メーカーに比べて、農家はコスト上昇分の価格を手にする確率が低いこと」になるのです。

このように、農家は天候の影響に加え、青果物市場と原材料市場におけるマーケットの価格形成の違いに直面しているのです。

石川啄木の
―働けど働けど我が暮らし楽にならずじっと手をみるー
との状況は、21世紀の農村においても、形をかえながらも存在しているのです。

 

【プロフィール】
稲田宗一郎(いなだ そういちろう)
千葉県生まれ。小説『夕焼け雲』が2015年内田康夫ミステリー大賞、および、小説『したたかな奴』が第15回湯河原文学賞に入選し、小説家としての活動を始める。2016年ルーラル小説『撤退田圃』、2017年ポリティカル小説『したたかな奴』を月刊誌へ連載。小説『錯覚の権力者たちー狙われた農協』、『浮島のオアシス』、『A Stairway to a Dream』、『やさしさの行方』、『防人の詩』他多数発表。2020年から「林に棲む」のエッセイを稲田宗一郎公式HP(http://www.inadasoichiro.com/)で開始する。

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