昨年の12月に若い友人のY君と久しぶりに会った。
Y君は、東京農業大学を卒業し、埼玉県の農業法人に就職、その後3年間、その農園で、作付計画から栽培管理、収穫・出荷まで学び、2018年に茨城町で就農しました。
酒を飲みながら、新規就農に際して最も大事なことは何だったと聞いたところ、Y君は
「農業は地域の協力なくしては成り立たない。だから、地域の農家の人達からいかに信用を得るかです」と答えてくれた。
Y君は、まず、ご近所さんへの挨拶周り、町内会、ゴミ拾い、新嘗祭などに参加して、積極的に地域に溶け込むことからはじめたそうです。また、借りた畑の整備、畑周りの雑草駆除、耕起など、畑をきれいな状況に維持することに努めました。なぜ、そのような事をしたかといえば、自分が借りた畑に雑草が蔓延ってしまえば、そこが病害虫の発生元になり、周りの農家さんの田畑に迷惑をかけてしまうからです。
Y君は、現在、小松菜を主軸にして、冬場のちじみほうれん草、契約栽培の大根、人参、加工用トマトを生産しています。契約栽培の大根や人参は、加工用の作物を生産している近くの農家が仲間に入れてくれたそうです。それにともない、農地を少しだけ拡大しました。
新たの農地を借りられたのも、普段から地域の農家と交流し、Y君が畑をきれいに管理していたのを見ていた農家が、―Yなら農地を貸してもしっかりやってくれるーと信頼してくれたからだそうです。
生産している小松菜、ちじみほうれん草は、すべて地元JAに出荷しています。
「自分のような新規就農者にとっては、自分で市場に出荷しても、一定量のロットを確保できないので、有利な取引が出来ません。しかし、JAへの出荷は小ロットでも可能ですし、JAを通して共同出荷すれば卸値は安定するのです」と、語ってくれました。
Y君の話によれば、小松菜の値崩れが起こった時に、個人で市場に出荷したら1袋5円だったのに対し、JAを通した卸値は1袋20円だったとのことです。
国は農業法人や株式会社による農業の大規模化を推進していますが、国が主張する大規模化・法人化が、担い手不足に直面している地域農業の解決策になるのか?との筆者の問いかけに、Y君は、「大規模化された農業法人は、利益が出なければ撤退します。
しかし、撤退した後の農地はどうなるのでしょうか?誰が管理するのでしょうか?おそらく耕作放棄地になります。なぜならば、大規模法人の出現により、その地域のもとからいた農家は、既に、農業を止めて、そこでは耕作していないからです。地域の農業は、大規模農業法人だけではなく、昔からその地で農業を営んでいる家族農業と協力しながら初めて維持できるのです」と答えてくれました。
Y君は、最後に、「自分も就農して来年で5年目になりますが、農業の見方がここに来て少し変わってきたと感じています」と言って、次のことを話してくれました。
<今までは、高収入を目指し、がむしゃらに働いてきましたが、いくら、頑張って、作付計画とおりに進み、天気が順調でも、相場は需要と供給によって決まるので、価格は大暴落するのです。また、天候によっては、小松菜も商品にならない場合もあります。おカネだけ、収益だけを目標にしていると、それが崩れた時のショックは大きく、「やってらない」って感覚になります。そんな経験を何回か続けた結果、「もっと正直な気持で農業に接しよう」と考えるようになりました。農業は自然相手の生業であり、人がいくら頑張っても思ったようにはならない時があるのです。作物を育てる行為を謙虚に受け止め、日々の作業を黙々と続けながら農業を続けたいと思います>
筆者は、いつ、そんな事を考えたのかと聞いたところ、
「ある天気の良い日、青空の下で、小松菜を収穫しているときに、大学時代の同期は、今頃、上司におこられながら、ストレスの中で仕事をしている姿が浮かび、自分は、今、畑の中で、一人収穫をしている。そんな自分に感謝しようと思ったのが、そう考えるようになったきっかけでした」と答えてくれました。
この話を聞いて、筆者は、Y君は、農業を単にお金を生むための仕事、生活のための仕事と『狭くとらえる』だけでなく、もう少し、別の価値観から考え始めたのだと思いました。
その別の価値観とは何か、このコラムを通して、農家の人たちと語りながら考えていこうと思っています。
稲田宗一郎(いなだ そういちろう)